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黄金の一時

 彼女は人付き合いというものを好かない。
 いつだってスマートフォン越しに世界を見ているばかりで、顔を上げてその目でまざまざと現実を直視することはしないのだ。つるりとした絹のような薄板を弄び、まるで自分自身が薄板で出来た箱の中に隔離されているかのように、何でもリモートで済ませてしまう。
 今だってそうだ。僕に向けてメッセージを送った直後に、スマートフォンのアプリでどこかの店に予約を入れ、再び僕にメッセージを送る。
「お腹空いたね」
 これが第一のメッセージであったし
「店、予約したから行こうか」
 これが第二のメッセージであった。
 店に向かう道すがら、会話はない。白いマスクを身に着ける彼女はイヤフォンを耳に嵌め込み、スマートフォンで音楽を聴いている。僕の存在など要らないように見えて滑稽だ。
 店に着く。席に座る。注文はタッチパネルだ。やはり喋る事はない。
 ドリンクバーを二人分。
 彼女が無言で席を立つ。
 僕の分の飲み物も持ってくる。僕の飲み物はアイスコーヒーだった。
 料理が運ばれてくる。二人、無言で会釈をする。サラダを取り分けるかちゃりかちゃりという音だけが響いた。
 彼女からメッセージ。
「このサラダ、好きなの。ドレッシングがいいね」
 僕もそう思う、と深く頷いて、多めに取り分けたほうを彼女に手渡した。

 彼女は声優である。
 口を開けば、テレビで流れるあの声だと皆が振り向き話題になってしまう。
 だから彼女は黙っている。人付き合いは元々苦手なので更に黙っている。
 僕はそれにつられて黙っているだけだが、この沈黙は決して嫌なものではないので、二人きりでいる時はこうして会話もなく過ごすのが恒例となっていた。
 沈黙は金とは、よく言ったものだ。