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夕方学校

 ある冬の朝のことです。リホちゃんの家にハガキが届きました。
 差出人の名前はヨネコと書いてありました。
 ヨネコさんの字は、とてもきれいで、ていねいに書かれているのでした。

 リホ様
 夕方学校に入学できます。
 夕方学校とは、夜になる前の、明るく暗い時間に開く学校です。
 ぜひ、おいでなさい。おうちの前で、待っていてください。

 リホちゃんは学校に行ったことがありません。まだ五歳ですから、小学校に入れるとしではなかったのです。
 しかし、どういうわけでしょう。夕方学校に入学できます。と書いてあるではありませんか。
 リホちゃんは不思議がって、おうちの前で待つことにしました。もちろん、お母さんにお話をして、いっしょにおうちの前で待ってもらいます。
 夕方の、ぴゅう、と寒い風が吹きました。
 一匹の猫が、リホちゃんたちのところへ歩いてきました。
「お待たせいたしましたわ。夕方学校へのご入学、おめでとうございます」
 猫がしゃべりました。
 リホちゃんは、目をぱちくり。お母さんと顔を見合わせます。
「わたしはヨネコと申します」
 猫が名乗りました。
 ヨネコさんは、猫でした。
「さあ、ご案内いたしますわ。ついていらして。夕方学校へ」
 ヨネコさんの言葉に、リホちゃんと、リホちゃんのお母さんは、ついて行くことにしました。
 ススキがさわさわと鳴る草むらを歩きます。

 たどりついたのは、一軒のカフェでした。
 カフェの中庭にはテントが張ってあって、毛布がしかれています。ヨネコさんは中庭のテントに、するり、と入っていきました。リホちゃんもそれに続いて、テントの中に、するり。リホちゃんのお母さんも、するり。
「毛布をおひざにどうぞ」
 ヨネコさんにすすめられて、リホちゃんとお母さんは、毛布の中に足を入れました。
 カフェから、お店のご主人が出てきました。お盆の上に、ホットミルクが三つ。マグカップに入って運ばれてきます。
「カフェのご主人は、わたしの飼い主ですの」
 ヨネコさんが言いました。
 三人でホットミルクを飲みながら、毛布に足を入れて、ぬくまります。
 そうして、ヨネコさんが話し出すのを待ちました。
 ヨネコさんが、少しだけもったいぶって、言いました。
「皆さんは、これからテントバスに乗りまして、夕方学校へ向かいます」
「これ、バスなの?」
 リホちゃんが尋ねました。ヨネコさんは、ええ、そうです、と胸を張って、スズムシが鳴いたのを、ぴこぴこ動く耳で聞きました。
 スズムシがひと際高く鳴きます。ヨネコさんは言います。
「夜の風にあたると寒いので、毛布とミルクを用意しましたの。それでは、まいりましょう」
 テントがふうわりと浮かんで、ひゅーん、と夕方の空を飛んでいきます。カフェのご主人が、手を振って見送ってくれていました。

「流れ星の捕まえかたはごぞんじ?」
 ヨネコさんは尋ねます。リホちゃんは首を横に振りました。
 ヨネコさんは、うふふ、と笑うと、空に向かって前足をちょいちょいと、おいでおいでのように動かしました。
 すると流れ星がひゅーん、とヨネコさんのもとへ落ちてきます。すぽん、と小さな流れ星をキャッチしたヨネコさんは、きらきらしている小さな星を、リホちゃんの手に、ころん、と乗せます。そうして、言うのでした。
「おみやげに、ひとつどうぞ」

 テントは地面に下りました。
 そこは、大きな図書館でした。
 見てみると、ベッドや、狼や、ほうきや、鹿なんかが駐車場に停まっていまして、その駐車場の脇っちょに、テントを停めてあるのでした。
「図書館でお勉強するんですか?」
 リホちゃんのお母さんが尋ねます。
「ええ、そうです。飛び出す絵本でお勉強いたしますの」
 ヨネコさんが答えます。
「でも、図書館は夕方に閉まってしまいます。もうおしまいでしょう?」
 リホちゃんのお母さんが言うのに、ヨネコさんは笑いました。
「夕方学校は、これからですのよ」

 ヨネコさんが大きな図書館に入っていくので、リホちゃんとお母さんは、ヨネコさんを追いかけました。
 図書館の中で待っていたのは、フクロウでした。夕方はやくに起きて、みんなをお迎えしてくれているのでした。
「この本を開いてごらん」
 フクロウに渡された絵本を、リホちゃんが開きます。すると、ぽこぽこぽこんっ、とキャンディーが飛び出してきて、驚いたリホちゃんの口に、するんっ、と入りこみました。
「ミルクのあじがする!」
 リホちゃんも、リホちゃんのお母さんも、絵本を開いてキャンディーが出てきたことなんて初めてです。しかも、食べられるなんて、もっと初めて。
 ヨネコさんは、別の絵本を開きました。
 すると今度は、絵本からもくもくと灰色の雲が出てきて、ざあっと、本の上に雨を降らせました。
 本が破けてしまわないか、心配になるリホちゃんですが、どうやら、大丈夫のようです。絵本は、雨上がりの虹を、きらきらと元気いっぱいに吐き出していたのですから。
 ヨネコさんが次に開いた絵本からは、オルゴールの音色が飛び出してきました。音にあわせて、ヨネコさんがおどります。リホちゃんとお母さんは、楽しい気持ちになりました。

 さて、図書館の中を見てみますと、男の子や女の子、金魚やウサギなどがおりました。みんな、それぞれに好きな絵本を開いております。
 図書館の奥のほうから、誰かが歩いてやってきました。
 それは、とても長あいひげを生やした、天狗でした。
 赤い顔で、長あい鼻の天狗は、小さな声で言います。
「夕方学校へようこそ。お父さんも、お母さんも、よくおいでになりました。私は天狗です。みんなの乗り物に不思議な術をかけて、空を飛ぶようにしたのは、私です」
 そうして、天狗は夕方学校の校長先生を名乗りました。
「小さな子は、かがやかしい気持ちを持っております。かがやかしい気持ちを育てて、不思議な存在をたしかに認めてくれるのです。とても喜ばしいことなので、不思議な存在の代表である私がきました」
 不思議でステキなことを思い浮かべてくれて、ありがとう。
 天狗はぺっこりとおじぎをして、大きな本を取り出します。
 飛び出す絵本、と書いてありました。
 天狗が本を開きます。すると、飛び出てきたのは、ティラノサウルス・レックスでした。なんだかもふもふと鳥のような毛が生えている、ティラノサウルス・レックスでしたが、体は大きくて、大迫力。怖がって、泣き出す子まで現れました。
 リホちゃんも怖くなって、お母さんにしがみつきます。
 お母さんはリホちゃんを優しく抱きしめて、守ってくれました。
 天狗の校長先生は、胸を張って、小さい声で言います。
「彼女はティラ子さんです。ティラ子さんに乗ってみたい人はいますかな?」
 みんなが、ティラノサウルス・レックスの迫力のせいで、静まり返っておりました。無理もないことです。食べられてしまうかもしれないのですから。
 しかし、リホちゃんが手を挙げました。リホちゃんは、勇気を出したのです。
「では、ここまで案内してくれた先生と一緒に、ティラ子さんに乗ってください」
 天狗の校長先生に言われて、猫のヨネコさんが立ち上がりました。
「それでは、まいりましょう、リホちゃん。お母さんもご一緒に」
 ヨネコさんは、ティラ子さんに乗る免許証を持っていまして、しかも金ぴかの免許証だったものですから、リホちゃんのお母さんは、それはもう安心して、ティラ子さんに乗る決心がついたのでした。

 ティラ子さんは、大きな体に似合わず、ずいぶんと小股で歩いてくれました。リホちゃんがぐわんぐわんと揺られないように、気をつけて歩いてくれているのでした。
 図書館の中をぐるりと一周して、戻ってきます。
 ティラ子さんから、ゆっくり降りたリホちゃんは、わっと拍手に包まれました。
 ティラノサウルス・レックスに乗った、勇気がある子として、とてもほめられたのです。リホちゃんは、なんだか少し、恥ずかしくなってきました。もじもじして、お母さんの後ろに隠れます。
「ティラ子さんに上手に乗れたリホちゃんには、一級の金ぴかのバッジをあげましょう」
 天狗先生は鼻高々です。
 リホちゃんの胸元には、金ぴかのバッジがかがやきました。
 それからティラ子さんは、多くの子を乗せて、小股で図書館を歩きました。わっと拍手が起こります。わっと拍手が起こります。
 リホちゃんはドキドキした気持ちが落ち着いてきて、少しずつ、少しずつ、眠くなってきました。まぶたが、とろんと重くなります。
 お母さんとヨネコさんに撫でてもらって、やがてリホちゃんは、ゆっくりと眠りにつくのでした。

 リホちゃんが目を覚ますと、もう朝でした。
 ずいぶんたっぷり眠っていたようです。
 リホちゃんは、はっとして、ハガキを探しました。夕方学校への、入学のハガキです。しかし、どこを探しても、ありませんでした。
 リホちゃんはしょんぼりして、パジャマを脱ぎました。
 あれは、夢だったのです。
 そうしてお着替えをして、ズボンをはきました。ズボンのポケットに、ころん、と何かが入っていることに気づきました。
 取り出してみて、目をまるくしました。
 いいえ、いいえ、夢ではなかったのです!

 リホちゃんの手の中には、ヨネコさんにもらった小さな流れ星と、天狗にもらった一級の金ぴかのバッジが、かがやいているのでした。

 おわり。