気を遣いすぎないための教科書
妖怪取り締まり委員会が、河童を取り締まったらしい。相撲をとったら怪力で人を死なせてしまうかもしれないので、相撲禁止。もちろん人の尻子玉を抜くのも禁止。
河童はうなだれていた。昔はできていたことができなくなっていく。
「取り締まり委員会は、妖怪たちのために言ってくれてるんだ。従おう」
妖怪取り締まり委員会は、サトリが人の心を読むことも禁止した。プライバシーの侵害らしい。
そうはいってもサトリの能力はやめようと思ってやめられるものではない。耳をふさいで目を閉じて、サトリは人間を避けるようになった。
「取り締まり委員会は、妖怪たちのために言ってくれてるんだ。従おう」
牛鬼は人間を追いかけて食べることを禁止された。危険だからだ。
しかしそれが牛鬼の本性なので、禁止されてしまって、ひどく困っていた。
一反木綿は、人の顔に巻き付くことを禁止された。危険だからだ。
一反木綿はひらひらと空を飛ぶことしかできず、風が強い日のタオルと見分けがつかなくなった。
「取り締まり委員会は妖怪たちのために言ってくれてるんだ。従おう」
化け猫と人間の間に生まれた僕は、妖怪取り締まり委員会のメンバーに会いに行った。
全員、妖怪だった。
小豆とぎ、ろくろ首、一つ目小僧。
あまり害がないタイプの妖怪たちが、自分たちを基準に他の妖怪たちを取り締まっていた。
「人間に害をなしたら、妖怪が迫害されそうなので、自重してもらっているんですよ」
それは間違っているんじゃないのか、と僕は言った。本性を隠して人間と付き合って、あとになってその妖怪の本質が現れたら、人間はきっと今よりもっと妖怪を警戒するし、危険視する。
それは妖怪のためにならない。
だから僕は化け猫と人間の間に生まれた身として、妖怪図鑑を作ることにしたのだった。怖い妖怪は怖い妖怪のまま、いたずら好きな妖怪はいたずら好きなところを、それぞれしっかり紹介するため。
無理して他の人に合わせ、苦しい生き方をする妖怪が出ないよう。
取材は難航しているが、やりがいがある。
今のところ一番の悩みは、問答無用で襲いかかってくるタイプの妖怪を、どうインタビューするか、だ。
題「気を遣いすぎないための教科書」