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ある国の平凡な戦い

 ある国に平凡な人がいた。
 平凡な人は平凡だった。なんだかぽやっとしている人で、得意なことは特になく、苦手なことはそこそこあり、鼻の頭にそばかすがあった。人付き合いは上手でも下手でもなく、賢いかというとそうでもない。
 平凡な日々を過ごしていた。
 その国に魔王がやって来た。突然だった。
 魔王は数々の魔法を使いこなす達人で、国王をカナリアに変えて、鳥かごに閉じ込めてしまった。そして王女をむりやり自分の妻に迎えてしまった。
 魔王を倒そうと、勇気ある者たちが次々と城に乗り込んでいったが、誰一人帰ってこなかった。
 平凡な人はあまり勇気がない。魔王を倒すなんて恐ろしかった。
 しかし飼っている牛の乳を城に納めに行かなければならず、仕方なく腰を上げた。
「牛の乳を納めにまいりました」
 平凡な人は雄牛に荷車をひかせ、牛乳がなみなみと入った樽をいくつか運んで門前までやって来た。門番は平凡な人を気の毒そうに見る。城に入ったが最後、帰ってこられないからだ。
 門番に通され、平凡な人は恐る恐る城内に足を踏み入れた。しんと静まり返った城の中。いつもの場所に牛乳の樽を置き、帰ろうと背を向けた、ちょうどその時。
「誰だお前は」
 大きな大きな体のドラゴンが、鼻から火を噴きながら姿を現した。
「名乗るほどの者ではございません」
 平凡な人は怯えて返す。
 雄牛は驚いてモウと鳴く。
 ドラゴンは自分の偉大な姿に恐れをなした一人と一頭に、とても満足した様子で口を開いた。
「私は魔王だ。魔法でドラゴンの姿になっている。私に逆らったら、お前たちを丸焼きにしてやる」
 平凡な人は震え上がった。早く帰りたい一心で、こう言った。
「牛乳を届ける用事は終わりました。これ以上お城に居座っては失礼なので、私たちは退かせていただきます」
 ドラゴンはつまらなそうな顔になった。自分に歯向かうつもりのない人を初めて見たのだろう。
「よかろう」
 ドラゴンの一言で、平凡な人と雄牛は、城の門を潜って帰ることが許された。
 街は大騒ぎだ。城に向かった者が、初めて帰ってきたからだ。平凡な人は労われ、祝われた。
 翌日、平凡な人は、酒屋の代わりに酒を納めに行ってほしいと頼まれた。もちろん断りたかったが、酒屋の怖がりようを気の毒に思ってしまった平凡な人は、結局押し切られた。
 門を潜る。
「今度は何の用だ」
 一つ目の巨人に化けた魔王が睨みつけるのに身を縮ませながら、平凡な人が答えた。
「酒屋の代わりに酒を納めにまいりました」
 巨人は酒樽を片手で鷲掴みにすると、ガボンガボンと中身を一気に飲み干した。
「うまい。明日はもっと大きな樽で持ってこい」
 平凡な人は帰された。
 街はやはり大騒ぎだ。平凡な人が二度も無事だったからだ。明日は大きな樽で酒を持ってくるように言われたと伝えると、賢い人がふむ、と声を上げた。
「大きな樽は、作るのに五日かかる。それまでは普通の樽をめいっぱいで我慢してもらおう」
 翌日、平凡な人は樽をめいっぱい荷車に積んで城に向かった。
 酒の匂いがほのかに残る大きな獅子が現れて、平凡な人に言う。
「酒は持ってきたか」
「大きな樽は、作るのに五日かかります。それまでは普通の樽をめいっぱいで許していただけませんか」
「よかろう」
 獅子はそう言うと、ガボンガボンと樽の中身を一気に飲み干した。
 平凡な人は帰された。
 次の日も、その次の日も、ある国の城下町では酒がかき集められ、平凡な人が城に運ぶことが繰り返された。
 ある時は大蛇、ある時は凶暴なミノタウロスに化けた魔王は、だんだんと酒の匂いを濃くさせながら、ガボンガボンと樽の中身を一気に飲み干した。
 そして五日目。
 ようやく大きな樽が完成した。
 賢い人は言った。
「この大きな樽の中に傭兵を詰めて行こう。魔王は酒浸りになっている。今なら倒せるかもしれない」
 平凡な人は、ぽやっとした様子で言った。
「魔王がなぜこの国を襲ったのかも分からないのに、問答無用で倒してしまうのはどうなんだろうか」
「そう言うのなら、事情を聞いてこい」
 平凡な人は、少しの酒を荷車に載せ、雄牛とともに城に行かされるのだった。
「……何の用だ、酒か、酒だな」
 顔色の悪いドラゴンが、鼻から黒い煙をブスブスと立ち上らせながら、平凡な人を見下ろしていた。
「毎日酒を浴びるように呑んでいたから、具合が悪くなったんですね」
 平凡な人は言った。
「酒以外の水分を取りましょう。何かないかな……樽いっぱいの水、お茶、牛乳……」
「牛乳だ!」
 平凡な人の言葉を遮るように、顔色の悪いドラゴンが叫ぶ。そうして、平凡な人が最初に持ち込んだ牛乳の樽を鷲掴みにして、ガボンガボンと中身を一気に飲み干した。
「ううっ」
 顔色が更に悪くなった。
 七日ほど前に納めて、それきり放っておいた牛乳だ。腐っていた。ドラゴンはみるみるうちにヒゲの長い老人へと姿を変えて、城のお手洗いに飛び込んだ。
 老人は何度も何度も吐いて、どんどん弱っていった。魔法の力も弱まって、国王はカナリアから人間の姿へ戻ったし、老人は二度と化けられなくなった。
「どうしてこの国を襲ったのです」
 平凡な人は老人に尋ねる。
「私は、昔、この国と戦って敗れた国に住んでいた者だ。この国に一矢報いることで、故郷の溜飲を下げてやりたかった」
 国王が老人の首をはねて罰しようとしたが、平凡な人は弱ってしまった老人を気の毒に思い、それを止めたのだった。
「たった一人で仕返しに来るなんて勇敢な人じゃありませんか。平凡な私にはとてもできない」
「だから許せと言うのか」
 国王の言葉に、平凡な人は首を横に振る。
「ひどいことをしたのは事実です。なので、雄牛と荷車を与えて、国の外に出ていってもらうことにしましょう」
 国王は了承した。
 こうして、魔王だった者は人知れず姿を消した。街の人々は平凡な人が魔王を打ち倒したのだと勘違いをして、盛大に祝った。
 後日、平凡な人は城に呼ばれた。
 国を助けてくれた礼にと、王女と結婚できることになったのだ。
 国王の前で、平凡な人は言う。
「王女さまにも人を選ぶ権利があるので」
 平凡な人は平凡だった。なんだかぽやっとしている人で、得意なことは特になく、苦手なことはそこそこあり、鼻の頭にそばかすがあった。人付き合いは上手でも下手でもなく、賢いかというとそうでもない。
 そんな自分がこの国の王女と結婚したら、政が立ち行かなくなることくらいは分かっていた。
 平凡な人は、今日も牛乳を城に納める。
 平凡な日々を過ごしていた。

【終わり】