黒い卵
市場に卵があった。
金色、銀色、銅色の三つは特に人気で、金の卵を割ると財宝が、銀の卵を割ると才能が、銅の卵を割ると人気が出てきた。
青年は小さな農場で働いていた。鶏が産んだ卵を市場で売るのも、青年の仕事だった。
微々たる額にしかならないが、青年は鶏の餌が買えればそれでよかった。
しかし、今日は違った。卵の中に、金色のが混じっていたのである。あっという間に人が群がった。青年はわけが分からない。
「なぜ、うちの農場で金の卵がとれたのだろう」
どこにでもある小さな農場なのだ。突然のことに、首をかしげるばかり。
「一万ペコで買いましょう」
金持ちの声で、青年は我に返った。一万ペコもあったら、鶏小屋が少し広くなるかもしれない。
「金持ちが更に財宝を欲しがってどうするんだ。ここは鶏の餌一年分と交換でどうだ」
大柄な男が粟やひえをたんと持って言う。それなら鶏も喜ぶかもしれない。
青年は困ってしまった。
そこへ、町で興行をしていた一人のピエロが、ひょっこり現れた。
「卵は卵と交換しましょうよ。私が持っている、この黒い卵とね」
「黒い卵だって!」
町の住人は大慌て。なぜなら黒い卵は、不幸を呼ぶことで有名だったからだ。
青年は、金だろうと黒だろうと、かわいい鶏が産んだ卵に違いはないと思った。なので、黒い卵を引き受けることにした。
かわいそうに、青年の農場は不幸になるぞ、と誰もが噂する。金の卵を割ると財宝が出るように、黒い卵を割ると災いが出る、と町の人々は恐れ、青年を避けた。
青年は三週間、卵を温め続けた。
不幸だ災いだと言われても、せっかく生まれた命なのだから、立派な鶏にしてやりたかった。
やがて、黒い卵にヒビが入った。
生まれたのは、ぎょろりとした鋭い目、勇ましい大きなトサカ、地面を強く蹴るたくましい足を持った、オスの鶏だった。
「ヒヨコじゃないんだなあ……」
青年は、ぽかんとしていた。
さて、この黒い鶏。たしかに災いをもたらしたのかもしれない。まず、餌代がかかる。他の鶏たちの三倍は食べる。次に気性が荒い。青年は何回も蹴られた。そして、どんどん大きくなる。鶏小屋に入りきらなくなった。
青年はそれでも、黒くたくましい鶏を大事に育て、他の鶏たちと同じようにかわいがり、ほそぼそと生活を続けるのだった。
金、銀、銅の卵は生まれる前に割られ続け、財宝と、才能と、人気が、割った人に与えられていった。
ある日、町にサーカスの興行がやって来た。
青年は、いつだったか卵を交換したピエロと再び会い、驚いた。
ピエロの後ろに、虹色の羽を持ち、美しい声をした、メスの鶏がいたからだ。
「立派な雄鶏ですね」
ピエロは言った。
「きれいな雌鳥ですね」
青年は言った。
黒くてたくましいオスの鶏は、たちまち虹色の美しいメスの鶏と恋に落ち、ピエロと青年が農場の隅でかんたんに挙げてやった結婚式によって夫婦となった。
メスの鶏は次から次へと金、銀、銅の卵を産み落とした。それは財宝の価値を暴落させ、才能があふれる人々がたくさん現れ、少し人気があったところで満足することができない世界の始まりとなった。
卵をかえさず、割ってばかりの人々にとって、これほど不幸なことはなかっただろう。
青年は、ふう、と息をついた。
これでようやく、金、銀、銅の卵が、ヒヨコになれるからだった。
財宝と、才能と、人気があふれた世界で、青年は今日も、かわいい鶏の世話をして暮らしている。
完。