スポーツバックからドリンクを取り出し、ごくり、一口飲み込む。たっぷりの氷で冷やされた麦茶は、食道を伝い、俺の中を冷たくした。
窓の外には、夏の朝独特の風景が広がっており、爽やかに太陽が照っている。朝露に濡れた若葉に、コンクリートに水を巻くおばちゃん。電車のガタンゴトンというリズムが何とも心地よい。
――夏休み。宿題や夏期講習などとは近くも遠い俺だが、やはり1番優先すべきは部活であった。
朝早くからランニング、夜は遅くまでレギュラーのみの練習。疲れはするが、やっぱりテニスは楽しくて、だからこそ強くなりたくて。
今日もまた俺は、ラケットバックを背負い、部活に行く。
電車の中は、ほとんど毎日同じ人が定位置に座っている。いつも赤いブックカバーの本を読んでる人や、あの学校の制服を着た女子校生。
あまりジロジロ見てはいけないと分かっていながらも、こういうのを観察するのは案外面白いのだ。
しかし、だからと言って初めて見る人が電車に乗っていても、空気感は何ら変わらない。彼女もそうだった。
同じ車両の対角線、つまり視界内では1番遠くにいる一人の女性が、コトッという音と共に何かを落とした。
人も少なく、静かな電車内でなるほどそれはよく響き、俺はふと目を向けた。
まず目についたのは白い帽子、そして水色のワンピース。
長い黒髪をさらりとなびかせ、彼女は慌ててそれを拾っていた。
彼女をとりまく落ち着いた雰囲気のせいか。(俺はその雰囲気を知らないらしい)
閑閑としているがしかし、それなりに人がいる電車内で、俺は今日もなぜか彼女に目が惹かれてしまうのだ。
今、ひとつの夏物語の歯車が回りだす。