「は!?まじで?」
「マジマジ」
「だからそんなニヤケ顔なのか」
「微笑みの絶えない女と言って」
「いやー、びっくりっていうかなんて言うか」
「やっぱり麻衣も思う?」
「うん。これはどうなんだろうね…」


 今考えると私の妄想なんじゃないかってくらいに、ぐんっと柳くんとの距離が近くなったような気がする、そんな昨日の古典の授業。
 家に帰ってからもそれは大変だった。お弁当の本を探し出して遅くまで下ごしらえ、朝はいつもより二時間早く起きてお弁当を作った。母曰く、台所が戦場と化していたらしい。

 それをにやにや…じゃない!微笑みをこぼして二人に話せば、彼女らは何やら気難しい顔で柱の影で何かを話し始めた。あ、今は授業の合間の10分休憩で、廊下で話をしているのです。

「柳くんに限ってそんなこと…?」
「いやでも、柚のデータくらい知ってるのは当たり前…」
「え、じゃあ柳くんも…!?」


 今柳くんと言ったかそこの二人!ギラリ、と私の目が光る。
 最近は耳がおかしくなってきたのか、異常に「柳」という単語に反応するようになってしまった。この前「やだなぁ、ギブスじゃないよこれは」という誰かのセリフに反応したときは、あ、末期だこれ、とさっちゃんにゴミを見る目で見られたものだ。



「何コソコソしてー!」
「何もない何もない」
「ならいいけど。あ、これ頼まれてたお弁当ね」
「ありがとー、ってショボッ!!何コレ!」
「おむすびと漬物」
「んなの見れば分かるわ!」
「昨日柳くんのお弁当作るのでいっぱいいっぱいでさー」
「しかも何故葉っぱにくるむ?」
「昨日買い出しに行ったとき近所のおばあちゃんに会って、がんばってってそれ渡された」
「……うん、まぁいいや。ありがとう」
「あ、卵焼きはおむすびの中に入ってるからね!」
「てゆーか、柳くんの弁当どんだけすごいのよ」


 おぉ!よくぞ聞いてくれた麻衣さんよ!私はササッと自分のロッカーからそれを持ち出し、ドンと棚の上に自慢げに置いた。ふろしきを解いて姿を現した漆塗りのそれに、案の定二人はポカーンとしている。


「…え、ちょ、え?」
「…ごめん、何コレ」
「重箱」
「全部おむすびではなく?」
「やだなぁ、おむすびは一段目だよ」
「じゃあ二三段目は?」
「いろいろ!」


 相変わらずポカーンとしたまま、二人は「これは本物の愛だね…」「あんたいいお母さんになるよ…」そんなようなことを言っていた。


「しかーし!」

 作るまではいいのである。得意分野だから。しかしこれからどうしよう。昨日のことがあってか朝から緊張しっぱなしで、まともに柳くんと話すことはおろか見ることさえ出来ない。重箱をロッカーに入れたまま、気づけば次の授業が終わればお昼、そんな状況になってしまった。

 これはお昼までにお弁当を渡せないかもしれない!すなわちピンチ!



「どうしよううう」
「お昼までには渡さないと。柳くんきっと弁当持ってきてないでしょ」
「うあー!渡せないいいい」
「ちょ、落ち着け!」
「普通に渡せばいいんだよ、昨日だって筆談できたんでしょ。大丈夫!」
「いや、筆談はさ、うん。なんかノリで」
「あ、そういえばその紙どうしたの?」
「生徒手帳の真ん中に挟んである!字がね、本当美しすぎてもう見れないよ私!」
「よっしゃその元気でがんばれ!」
「おー!」
「お、おー?」


 先生に「早く教室入れよー」と言われたので、後ろのドアからささっと教室に入った。と同時に鳴るチャイム。よかった、ギリギリセーフ。
 ふと、視線を感じたので見てみれば、心なしか微笑んでいるような柳くんと目があって。あれこれ二回目、なんて思ったのも束の間、すぐに目をそらしてしまった。は、はずかしい…!

 これで余計に渡しづらくなったのは言うまでもない。

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