3月5日、卒業式。

 私は幸村部長に花を用意していた。いつだか、部長に「水瀬はカスミソウみたいだ」と言われたことがある。それ以来私はカスミソウが大好きになって、今日の花束ももちろん白いカスミソウでいっぱいにしてもらった。私の気持ちをのせたつもり。

 そうなのだ。私は幸村部長が好きなのだ。最初はかっこいい幸村先輩がいるから、という理由でマネージャーになったが、いろんな厳しい現実を見て泥だらけになり一生懸命に練習する部員を見て、私もテニス部に本気で向き合わなくちゃって思った。幸村部長がもっともっと大好きになった。


 本当はね、今日が幸村部長の誕生日なんてこと知ってるんだ。幸村部長はあまり自分のことを話さないけど、赤也から聞いたの。この花束は、卒業祝いと誕生日おめでとうございますをたっくさん込めたものだから。




「幸村部長ー!!」



 黒いスーツをぎこちなく身にまとった幸村部長。ホームルームを終えてクラスの方々とも別れて、部室に来る先輩を私は待っていた。すでに日は沈み、駐輪場には誰一人としていない。どこかの部室で騒ぐ生徒の声が聞こえた。



「あぁ、水瀬」
「ご卒業おめでとうございまーす!」
「ふふっ、ありがとう」
「それから、お誕生日おめでとうございまーす!」
「ありがとう」
「へへっ」
「水瀬は全然寂しそうじゃないね」
「超寂しいですよ!あ、部室に忘れ物ですか?」
「うん、色々とね」
「その前に…」



 後ろに隠しておいた、とは言っても確実にはみ出しているが、カスミソウの花束を幸村部長に渡した。本当はこのままぎゅーってしたい、なんてちょっと前の私だったら思っていただろう。


 幸村部長には三年生に好きな人がいる。私の思いはきっと届かない。でも、それでも、私は幸村部長がすきなのだ。それでいいじゃないか。


 ねえ先輩、カスミソウの花言葉を知ってますか―?




「わぁ、ありがとう」
「先輩は忘れたかもしれないですけど、私前に」
「忘れてないよ」



 下を向いていた私は、今の幸村部長の言葉に驚いて前を向いた。忘れてない、ってことは。つまり、花言葉は。
 届いてしまった…?



「忘れてない」
「…あ、ありがとうございます」
「それよりも、君が覚えていてくれたなんて驚きだな」
「だって…」



 先輩のこと、大好きなんですよ私。

 続きは言えない。言いたくない。このままきれいに先輩と後輩のまま別れて、それで綺麗な思い出のままとっておくの。



 ふわり、カスミソウの香りが鼻孔をくすぐった。

 やわらかい香りに包まれ、私は幸村部長に抱きしめられている。なんで?なんで。先輩は好きな人いるじゃないですか…。



「ぶちょ、」
「ありがとう、色々と」
「いえ、あの、えと」
「しばらくこのまま…」
「…先輩、好きな人は」



 言ってしまった、と同時に後悔の念にかられる。そんな思わせ振りな態度、期待しちゃいますよ先輩…。
 しかし先輩から出てきた言葉は、思いがけないものだった。



「フラれたよ」
「……え」
「好きな人いるからーって、今日」
「そう、ですか…」



 私は所詮、都合のいい女なのか。しかし、それでもいいと思った。幸村部長の背中に腕をまわし、部長の存在を確かめる。

 ここで、私の何かがプツリと切れたらしい。一度あふれた涙は、止まることを知らなかった。



「なんで、なんで卒業しちゃうんですかっ」
「…水瀬」
「わたっ、私は、幸村部長と離れたく、ない…!」
「…」
「離れたく、なかった」
「うん…」
「みんなが、いて、テニスコー、トから、ボールの音が聞こえ、て…!」
「…」
「ずっと、ずっと一緒に、一緒にいたかった…」



 泣き続ける私の頭を幸村部長は、小さい子をあやすようにずっとポンポンとしてくれていた。

 先輩の卒業が悲しくないわけがないじゃないか。今までそれを考えないようにして、必死で笑顔を作って。それでもやっぱり無理だった。


 先輩、カスミソウの花言葉は“思えば思われる”って言うんですよ。私がこんなに沢山あなたに恋をしていても、先輩からの好きはもらえなかった。それでも、後輩として思われていたのは確か。もう、それだけで十分幸せだと思った。


 泣き止んだ私の背中を数回さすり、幸村部長はそっと私を離した。今度は面と向かって、先輩の目を見て言う。



「先輩、カスミソウの花言葉ご存知ですか?」
「あぁ」
「そう、ですよね…」
「俺の大好きな花だからね」
「……あのっ、」



 最後にやっぱり言ってしまおうか、そんな衝動に駆られる。好きって言われたら困るだろうか、それとも私の気持ちは既にバレているのだろうか。
 そんな私の言葉を遮るように、先輩は私を見て言った。



「部室に行こうか、柚」
「…は、い」
「忘れ物をとりに」



 幸村部長の背中はやっぱり大きくて、あぁ、私はやっぱり幸村部長が好きだ、そう思ったんだ。




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幸村はぴば!
なんか誕生日小説っぽくなくなったんですが、愛はたっぷり込めました!最近幸村が愛しいです。
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