やさしく差し込む夕日に目を細め、思いっきり窓を開けた。ふわりと漂う春一番にそっと深呼吸をする。
私、水瀬柚は、来年度から始まる一人暮らしの為にいそいそと荷物の整理をしていた。
これは、そんな何の変哲もないある土曜日からはじまった、奇跡のような物語。
ようやくクローゼットの奥まで作業が進み、中学時代の思い出がつまった段ボールに辿り着いた。手で軽く埃をはらい、ゆっくりと開ける。
汗と涙と、それからいろいろなものが詰まった中学時代は、今となってはいい思い出で。マネージャーとして駆け抜けたテニス部での3年間は、私の人生においても貴重な経験となったように思う。
「なつかしいなぁ」
思わず呟いてしまった独り言に、苦笑いひとつ。
アルバムをパラパラとめくっていると、ある一枚の写真に目が止まった。学習合宿や修学旅行の写真に混ざって在るそれは、初恋の相手と幼い私が楽しそうに笑っている、文化祭のときの写真だった。
初恋は叶わないもの、というのはどうやら本当だったらしい。テニスへの真剣な姿勢と彼のたくさんの優しさ、あと、たまにいじわるなところ。そんな彼を好きだと自覚したのは中学2年の頃で、恋というものに浮かれて後先も見えていなかった私は、英二の協力のもとで告白をした。部活後のテニスコート、夕暮れ、静寂。そんな少女漫画的シチュエーションの中で、バクバクする心臓をおさえながらの告白。
彼は驚いたような困ったような顔で申し訳なさそうに笑い、彼女がいるんだ、と言った。それと、皆にはこれから言おうと思っていたんだけど、なんていうのも言われた気がする。
当時の私は現実を咀嚼するのにだいぶ時間がかかって、頭が真っ白になる、というのを初めて体験した気がした。ちゃんと笑顔で返せていたのか分からない。
記憶がはっきりしてるのは、家で号泣したところからで。この時の他に涙が枯れるほど泣いた、という言葉が似合うときはないだろう。
「すべてひっくるめて、思い出になる日がくるといいね」
そんな親友の言葉を思い出す。大丈夫、今はもう悲しいことなんてないんだよ。そう、あの頃の私に伝えてあげたくなった。