「体調には気をつけるのよ。あと、戸締まりとか火とか」
「大丈夫だって、お母さん」


 2月29日、珍しくたくさんの雪が降った日。
 泣きながら見送る家族に手を振り、滑りそうになりながら雪を踏みしめて歩いた。駅までひとりで行きたいとわがままを通したのは、どうしても最後に寄りたいところがあったからで。大きな家に綺麗な庭。玄関の前に立ち、高鳴る心臓をおさえながらそっとチャイムを押した。


「……」


 どうしよう。周助に会いに来たはいいけど、何て言おう。チャイムを押してしまった以上逃げるわけにもいかないし…と、私は片方の手で自分の頬をペチンと叩いて気合いを入れなおした。


「はーい…、あら柚ちゃん!」
「えっと、こんにちは。しゅ、周助くんいますか?」
「今ちょうど出かけちゃったところなのよ〜。急用でもあったかしら?」
「あ、いや、いいんです!」


 拍子抜けとはまさにこのことではないだろうか。かばん握りしめる力が弱まった。少しずつ減速をはじめる私の心臓は、案外単純なのかもしれない。
 おばさんと少し立ち話をして、再び歩き出した。周助に会えなかったのは、もしかしたら運命とかいう類なのかもしれないと思った。重々しい灰色におおわれた空とは対照的にすっきりと澄みきったこころの行き場はどこにしようか。このままそっと持ち帰るのもいいかもしてない。


「柚…!」


 2つの足音が止まった。周助のやさしい声色に、ゆっくりと振り返った。
 前にもこんなことあったな、あ、最近か。周助は傘もささずに、走ってきたのだろうか、ひざに手をあてて肩で息をしていた。


「…ぬれちゃうよ、周助」


 そう言って彼の髪についた雪を手ではらい、傘を傾ける。ひとつ傘の下、近すぎる2人の距離。ドキドキと心臓が再起動するのが分かった。


「柚が今日東京を出るって、電話で聞いて。僕、まだ、柚にちゃんと言ってないと思って…!」
「…うん」
「好きだよ。ずっとずっと、好きだよ」
「…わたしも、周助が好き。大好き」


 しばらく見つめあう2人の顔はやさしく微笑んでいた。傘を放って、力一杯抱きしめられる。周助の体温に涙が出るくらいの幸せを感じた。
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