今日がわたしの誕生日なわけであるが、景吾くんにはプレゼントはなにもいらないと何回も念を押しておいた。とても不満そうな顔をしていたけれど、わたしにはどんなプレゼントより欲しいものがあったのだ。
 今や全国的に展開する有名企業の社長となった景吾くんの権力と財力をもってすれば、わたしのほしい物なんて何でも手にはいるだろう。これは大げさな表現じゃなくて、本当に。でも、どんな高級車やアクセサリーもわたしを満たすことはないと思う。

 景吾くんには狭すぎる10畳のマンションを借りたいと言ったのはわたしだ。お互い働きながらの同棲がしたいと言ったのもわたしだ。そんなわがままを景吾くんは毎回渋々聞いてくれて、たぶん今回も大丈夫だと思う。
 コチコチと時計の針の音が耳に心地よい。静かなリビングで、わたしは煎れたばかりのイングリッシュティーを喉に通した。こうしてゆっくり景吾くんの帰りを待っているのもいいものだ。
 ガチャっという音がして玄関が開いた。パタパタと駆け寄るとスーツ姿の景吾くんが小さな花束を抱えていて、「ただいま」「おかえり」何回目か分からないくらいのありふれた言葉に笑みをこぼした。


「どうしたのそれ?会社の人から?」
「…お前に買ってきたんだよ」


 お誕生日おめでとう。言いにくそうに差し出す花束は、かつて学生時代にわたしが好きだったカスミ草の花束だった。なにもあげないのは景吾くんが嫌だったのかな。不安そうな顔をする景吾くんに「ありがとう」と笑顔で言ったら、景吾くんもいつもみたいに口角をあげた。


「話が、あるの」
「…改まってどうした?」
「ソファ、座って」


 わたしの真剣な目と口調にただならぬものを感じたのだと思う。景吾くんは言われるままにソファに座った。そして、わたしもその隣に腰を下ろす。
 震える手をぎゅっと握りしめた。心臓の鼓動がうるさい、なんてどころじゃない。心臓が繋ぎをふり解いて体中を暴れ回っている。


「わたし、今日誕生日でしょ」
「…あぁ」
「何もいらないって言ったの、あれ、ウソなの。ほしい物がある」
「なんだ?言ってみろ」

「約束がほしい」


 中学高校を卒業して、大学は離れていたけれどなんとなくの遠距離恋愛が続いていた。社会人になって同棲し始めて、かれこれ5年。景吾くんと出会って、景吾くんに恋して何年経つだろう。
 はじめて入学式で彼を見たとき、ただ単純にすごいオーラを持った人だなぁと思った。少しずつ接点をもっていくうちに彼の誰よりも人間を想い理解しているところ、努力は人を裏切らないという言葉を生きたものにしているところにわたしは惹かれた。放課後、教室に二人きりでいただけで緊張で押しつぶされそうだった。クラス替えで同じクラスになったときは、嬉しいという言葉では表せないくらいに舞い上がった。
 告白されて付き合って、何もかもが初めてだったわたしはことあるごとにドキドキした。すべてが新鮮で、そして彼をますます愛しく思った。

 そして大人になった今、果たしてその感情はあるのだろうか。空気みたいに一緒にいるのが当たり前で、穏やかといえば聞こえはいいが、特になんの変化もないまま過ごしている日々。そんな毎日に終止符をうちたかったのだ。


「約束?」
「結婚してほしい」


 まっすぐに目を見て伝えられたのはいいが、やはり心臓は鳴り止まない。むしろ一層鼓動が早まる。景吾くんは本当にびっくりした顔をしていて、そして、苦笑いをして視線を外した。つーっと嫌な予感が背筋を伝う。


「…ごめん。早かったかな、ごめん」
「違えよ。…普通こういうのは男が言うもんだろ?」


 俺様ともあろう者が情けない。と耳を真っ赤にして言う景吾くんに笑ってしまった。そこで、わたしはハッと気がつく。ドキドキするこの感覚、彼を愛しく思うわたしの気持ちは学生時代からなにも変わっていない。そして彼とのありふれた日常は、学生時代に思い描いた理想の未来だったのだ。


「えっと、じゃあ、仕切り直してもう一回玄関のところからやる?」
「はっ、望むところじゃねぇの」


 玄関を開けて、真っ先に抱きしめられる。頬に感じた彼の温度はわたしの知っている景吾くんの体温だ。


「結婚しよう、柚」
「うん。大好きだよ、景吾くん」


 ふわりと漂うカスミ草の香りに、たとえば10年後、わたしと景吾くんの穏やかな生活の中で過去を思い出すことがあるとき、今この泣きたくなるくらいの幸せを感じた瞬間も再び感じたい思い出になるのだろうか。過去は戻れない、でもそんな愛しい過去をつくっているのは今を生きているわたしたちなのだから。そんなことを思った。


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