「ちょちょちょちょ!やっぱ無理、待って!」
「何回目っすかー」




 ふぅ、とため息をはいたのは彼氏の切原赤也。あぁどうしてくれよう、このピンチ。抜け出したくても腕をガッチリ捕まれてるし、拒否する度にしょんぼりする切原に胸が痛くなる。




 それは遡ること30分前、いつも通りに部活を終えてみんなで着替えているときだった。ゴニョゴニョと部室の隅でブン太と仁王に絡まれている赤也は、顔を赤くさせたり落ち込んだり。しまいには「何なんすかもう!」と言ってブン太の手を払っていた。百面相の切原は見てて飽きないが、内容が非常に気になる。

 その帰り道、いつもなら方向が一緒のジャッカルと一緒に帰るのだが、今日は違った。



「ジャコー、帰ろー」
「おぅ、げぶしっ」
「悪ぃ、マネージャー。今日ジャコーは俺と帰るんだわ」
「は?聞いてねぇしげぶしっ」
「何じゃジャコー、三人は嫌なんか?まーくん寂しいわー」
「…えっと、私はどうすれば、」
「お前らのその態度、嫌な予感しかしないんだけど。柚、行くぞ、げぶしっ」
「ジャコー、空気読もうかの」
「お前はそれだからジャコーなんだろぃ」


 わけの分からない理由でブン太と仁王に叩かれて、結局連行されたジャッカルを哀れみの表情で見送った。

 久々の一人きりの帰り道、夏だから暗くはないし、一人が嫌いなわけではない。イヤホンを耳に当てて校門を出ようとしたとき、もじゃもじゃわかめヘアーの後輩がそこにはいた。


「…送ります」
「…ありが、と?」



 なんだなんだ、この空気。あれから会話はまったくなくて。なんで急に送るって言ったんだろうとか、私はひたすらに考えていた。もしかして切原怒ってる?無断で食べたポッキー、切原のだったのかな。それともドリンクがなくなったとき薄めたのバレたのか。うぬーんと考えてみるも、思い当たる節は特にない。


 そして、なんか流れというか何と言うか。切原が公園に入ってベンチに腰かけるものだから、私もその隣に座った。

 いつもは元気すぎて手をやく切原が、気持ち悪いくらいに黙っていた。何か、あったのかな?ふむふむ、マネージャーにポッキーをとられた?それは災難だったねぇ、でも“韓信の股くぐり”って言葉があるように大志を抱くものはそんなちっちゃいことを気にしちゃ、って違ーーう!!



「切原?」
「…何ですか」
「何か、あった?」
「………」
「それとも、何か怒らせるようなことしたかなアハハハ」


 アハハハじゃねぇよ!自分のバカ。緊張して乾いた笑いしか出てこない私に、切原は意を決したように言った。



「…俺ら付き合ってもう半年ですよね?」
「うむ」
「俺、すっごい先輩のこと好きだし。先輩も俺のこと、す、好きですよね?」
「う、ん」
「俺も健全な男子中学生なわけで、」
「……」
「一緒に帰るとかメールとかしかしたことないじゃないですか、」
「……つまり、切原はもっとエロいことがしたいと」


 我ながら直球すぎた、と思った時には時すでに遅し。「そ、そういうことじゃなくて!手つなぐとか、そんな感じですよ!!」きゅん、ときた。何だコレ、必死に話す彼氏が可愛くて仕方ない。


「ん、」


 手つなぐくらい、言ってくれればいいのに。私は切原の手に自分の手を重ねる。
 切原は一瞬、ビクッとした後、手を返して指を絡ませてきた。いわゆる恋人つなぎ。



「えええええ、ちょ」
「俺超かっこわりぃじゃないすか…」
「いや、ちょ、さすがにこれは、」
「なんかもう吹っ切れた」
「何が!?て、君人の話聞いてる?」


 話かみあってないし。言うが遅いか、切原はつないでないもう片方の手で私の肩をつかみ、まっすぐに目を見る。えと、なんて言うか、なんだこの空気…?ゴクッとつばをのむ音が聞こえた。



「次は、キス。しましょっか」
「………」
「先輩?」
「っ、はぁああ!?いや、いやいやいや。私たち中学生だよ!?」
「キスくらい、」
「てめ、さっきまで手つなぐの躊躇ってたじゃねぇか!」


 だから吹っ切れたって言ったでしょ。そう言って、さっきまでの可愛い切原はどこへやら。ゆっくりと、そして確実に切原の顔が迫ってくる。


「え、え?」
「先輩、目ぇとじて…」
「え、ちょ、待」
「……」
「っ、ちかい!」



 もう10センチしかない二人の距離を、切原の肩を離して広げた。これを何度繰り返しただろうか。ようやくここで、文頭に戻る。



「キスするだけっすよ?」
「くくくちびるが触れちゃうじゃんっ!」
「それがキスっすから」
「無理だって!」
「……」
「…わ、分かった。ゆっくり、ね。ゆっくりきてゆっくり!」


 切原があまりにもショボーンとするもんだから、思わずOKしてしまいました。私は彼氏に弱いんでしょうか。


 切原が近い。あと、7センチくらい、かな。うあああ切原の顔ってきれいなんだね、って違うだろ自分!め、目閉じるんだよね?切原はちゃんとゆっくり近づいてきてくれるから、私もゆっくり目をとじた。

 あと何センチなんだろう。気配がするんだけど、さ。ああああ近いいいいいい!!



「ストーップ!!」


 …やってしまった。また、切原をふっとばしてしまった。
 切原はというと、これまた何度目か分からないため息をついて私を見る。つないだ手が心なしか汗ばんでいた。


「なんで?」
「…っと、」
「そんなに俺とするの嫌っすか」
「そうじゃ、なくて」
「じゃあ、」
「…は、恥ずかしいんだもんっ!こういうの初めてだし!どうしたらいいか分かんないし!切原は近いし女の私より肌綺麗だし!」
「え、」
「…ごめんね。もうちょっとしたら、」
「…」
「わたしも、がんばって」



 ちゅ、とか可愛らしい音なんかじゃない。ガチィッと歯が当たる音がした。
 後頭部を切原の手で抑えられていて、切原が近くて。唇に柔らかい感触。ん?え?これは、もしや。

 キス、された?



「そんな可愛いとこ見せられたら、我慢できないっすよ…」


 切原は、私の後頭部にあった手で顔を隠していたけれど、その隙間からは真っ赤な耳が見えて。決してロマンチックなものではなかったけれど、私はすごくすごく幸せ者だな、と思った。



――――
中学生らしく!


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