マネージャーの仕事の一つである部室の掃除は、一日サボっただけで大変なことになる。
ほら今も。ロッカーの隙間にグシャッとなった赤点の紙が落ちていたり(名前くらいきれいに書こうよ切原赤也)、堂々とお菓子の袋が捨てられていたり(犯人は言わずもがな丸井ブン太)。ラブレターなんかを発見してしまうと、すごく複雑な気持ちになるものだ。
ちりとりにゴミをとって、ふぅ、とため息にも似た一息をついたとき、それは視界の端にうつった。
「パワーリスト…」
両腕あわせて20kg、部員みんながつけている黒いパワーリストだ。前から気になってたんだよね、どのくらい重いのかとか、中はどうなってるんだろうとか。いろいろ。
よくよく見てみれば、そこには“さなだ”の刺繍があって、イニシャル(英語)を嫌がる真田にお母さんが平仮名で縫いつけてくれたのかな、とか思うとなんだかほほえましい気持ちになった。幼稚園児のお絵描きセットへの記名みたいだ。
ゴクッとつばを飲み込み、意を決してつけてみる。
…いやまず、持ち上がらない。なんだこれ、よく考えてみれば片腕10kgって片腕にお米つけてるようなものじゃん。
仕方ないから、床に置いてあるそれに手を入れるように装置してみた。
……アレレ、なんだろう。腕が動かないから身体が起き上がらない。自由がきくのは下半身と顔だけ。今更ながらやばい、と思った。
「うおー!誰か助けてくれぇぇぇ」
助けを求めて叫んでみるも、聞こえたのは真田の怒号だけだった。そうだ、今はみんなコートで幸村真田のダブル猛特訓を受けている最中だった。あああ、また怒られるのかなぁ。ドリンクはまだかー!ってまだに決まってんじゃんこちとら床とランデブーなんだよ助けてよぉぉお。
「…………」
暇だ。とてつもなく暇だ。顔だけぐいーんと動かしてみるも、ロッカーの下のポテチらしきごみとかホコリとかしか見えない。あ、あそこのドライバーは仁王のかな、失くしたって言ってたっけ。
これがまた面白くて、私はニヤニヤしながらひたすらに頭だけを動かして床からの景色を楽しんでいた。
「何してんだよ」
「……20kgの重さが私を新たな世界へ導いた」
「わけわかんねぇ」
「私もワケわかんない。とりあえず助けて」
「ったく、これだから立海のマネはアホだって言われるんだろぃ」
「ちょ、誰だそれ言ったやつ!今すぐ表出ろやコルァ!こっぱみじんにしてやっからな!」
「幸村くんだけど」
「ワーイ、私マネージャーガンバルッス」
床を這いずりまわっているところをちょうどブン太に見られた私は、当然のように幸村部長様と真田副部長様からお叱りをうけ(正座いたい、幸村こわい)、しばらくの間トイレ掃除と仁王のパシりを言い渡されました。やっぱり詐欺師は怖いなぁと思いました。