「ねー、一氏ユウジー」
「…ええ加減フルネームで呼ぶの止めぇや」
「へいへい。一氏様、そこの携帯とれやアホ」
「なんでお前に指図されなアカンねん!」
ユウジが役に立たないので、仕方なく腰をあげてロッカーの上に置いてあるマイ携帯に手をのばす。ユウジはというと、今まで雑誌を見ていたのにいきなりぷんすか怒りはじめた。何なんだコイツ。
「そんな怒るとハゲるよ」
「ハゲへんわ!」
「内面的な意味で。…あ、もうハゲてたわ」
「性格悪いて言いたいんかボケコルァ」
「嫌だな、そんなこと言ってないのにプハッ」
ほんま腹立つわぁコイツ、とか言いながらふいっと壁の方を向いてしまった。つまらないなぁ。そんなことを思いながら手元の携帯の着信履歴を見ていたら(なんでこんなに財前が多いんだ)、タイミングよく小春ちゃんが現れた。
「どしたん?この空気」
「いや、一氏ユウジがハゲててさぁ」
「せやからハゲてない言うてるやろが!」
「小春ちゃんコイツ何とかして。私の手に負えない」
「それはこっちのセリフや!」
この前頼まれていたDVDがちょうど手元にあったので小春ちゃんに渡す。「おおきに!」パァッと笑う小春ちゃんは、きっと女の私よりも可愛いと思う。
「おいコルァ、小春から離れや!」
「でさぁ、この続編が今年中に映画になるらしくて」
「ほんま!?せや、そしたら二人で見に行かへん?」
「無視すなぁあ!」
「「うっさいユウジ」」
私からはともかく、小春ちゃんにそんなことを言われて余程ショックだったのだろう、ユウジは部室の隅っこで体育座りになって、人差し指でぐるぐるを書いていた。言わずもがな、纏っているオーラは紫のどんよりしたものである。
「小春ちゃん小春ちゃん、何やってんのアイツ」
「ユウくんも思春期なのかしら。放って…静かにさせとけばええんちゃう?」
「そうだね」
「ちょ、まじでお前小春から離れろや!」
ユウジがバンッと立ち上がる。そのまま小春ちゃんの肩をつかむと思いきや。
「え、」
これじゃあまるで、小春ちゃんに「水瀬から離れろや!」と言っているようなものじゃないか。ユウジの手は私の手を掴むと、ぐいっと後ろに引き寄せた。
何が、起こったんだろう。いまいち状況をつかめない。
(ちょ、押すなや財前!)
(謙也静かにせぇ!)
(二人ともうっさいっすわ)
(なぁなぁ千歳、二人何してるん?)
(青春たい金ちゃん。せ・い・しゅ・ん)
声のする方を見てみれば、掃除ロッカーの影からなだれ出てくる白石たちがいた。声を出せずに見ていると、ヤツラは「あはははは」と苦笑いをしながら、頬を染めてキャッキャ笑っている小春ちゃんを連れて部室を出ていった。
しばらく呆然としていた私とユウジだったが、手に触れている温度が現実を気づかせて。どちらともなく、パッと離れる。
「…えっと、小春ちゃん行っちゃったけど…」
「せ、やな…」
「いや、え?」
「…ていうか俺、…何したん?」
「手を引かれました」
うぁああああと頭をかかえて座り込んだユウジ。なに、ワケわかんないんだけど。去り際の財前と千歳のにやにやした顔が頭から離れない。
(せい、しゅん…)
ふと、触れた右手を見てみれば、きゅうっと心臓がしめつけられるような気がして。本当に、そんな気がしただけなのに。今度は、バクバクと音を鳴らしはじめた。
本当、なんなの一氏ユウジ。
――――
ユウジは気づかないようにしてたのに気づいちゃった、みたいな。主はきっと気づいてない、…はず。