マネージャーをやめたい。そう思い続けて早二ヶ月、その思いは日々確かになっていって、ついに今日、爆発した。


「マネージャー、やめたいんだけど」
「……」
「マネージャー、やめたいんだけど」
「……」
「ちょ、なんで黙ってるわけ!?」



 部室の机を囲むようにして、部長以外のレギュラー陣プラス私が座る。意を決してがんばって言ったのに、反応はゼロ。
 桃はおにぎり食べてるし乾はデータをもさもさやってるし、越前に至っては練習の準備を始めている。せめて大石とタカさんには反応してほしかったんだけどな!泣くぞコノヤロウ!私本気なんだけど。


「急に呼び出されたかと思ったらそれっすか?」
「今日エイプリルフールじゃないのにね」
「先輩、そこのボールとって」
「あ、はい……じゃねぇよ!何なのみんな!私本気なんだけど!」
「ど、どうしたんだ?何か不満があるなら、言ってくれればいいのに」


 不満?不満も何も、私が昨日救急車で運ばれた時点で気づけ!


 まず始めに越前。私が炭酸苦手なのを知っていながら、こいつは毎回毎回「このファンタの処分よろしく」と言っておしつけてくる。私は普段から「ものを粗末にするな!」と言いまくってるので捨てるわけにはいかない。つまり、飲まざるを得ないのだ。
 しかもパシリとしてファンタを買いに行かされ、それを友人に目撃された次の日、私の机の上にはさながら線香がそえられる如くファンタが数缶置かれていた。


「今まで気づかなくてごめんね」
「好きなら、言ってくれればよかったのに」

 好きじゃないのに…!

 私が何度ファンタを飲んで吐きそうになったことか。もう視界に入れるのも億劫だ。全世界の炭酸飲料は滅んでほしい。ひきつった笑顔でそれを受け取り、太陽に祈った。


「それ俺のせいっすか?」
「当たり前じゃん!」
「水瀬さん、炭酸苦手だったんだね…知らなかった」
「タカさん今さら!?」
「僕も知らなかったよ」
「俺も」
「俺も、好きで飲んでるんだと思ってたにゃん」
「まじでか!いや越前、お前は知ってただろニヤニヤすんな!」


 次に、不二くん。彼が極度に辛党なのは周知の事実だろう。それは個性的でいいと思う。
 ただ、私を巻き込まないでほしい。不二くんの笑顔を前にすると何も言えないのをいいことに、やれ激辛カレーだ、やれワサビ寿司だ、やれ激辛せんべいだ食べさせてくる。舌が麻痺しそうだ。限界だ。私は甘党なのに。こんなことなら立海の丸井くんとケーキに埋もれて暮らしたかった。
 そりゃあね、何度も断ろうとは思ったよ!でも何故か分かんないけど断れないんだよ!立海の部長さんに味覚を奪い取ってほしいと何度願ったことか。


「うん。僕は知ってたよ、君が甘党なこと」
「余計タチ悪いわ!」


 そして極めつけに乾!言わずもがな乾汁だ。
 みんな知ってるかい。みんなも毎日のようにあの乾汁を飲まされてぶっ倒れてるけど、その前に私は倍の乾汁を試飲させられてるんだからね!

「さぁ今日も元気よくいってみよう!」
「ふむ、これは失敗だったようだ。次」

 このセリフを何回聞いたことか。みんなの前で飲んでいないせいか、前に桃に「先輩はいいっスね。乾汁飲まなくて」と言われたときは本気で殴ってやろうかと思った。


「味も量も倍なんだよ!」
「よく先輩生きてますね」
「本当だよ!よく生きてるよ私!」
「でも、なんでこんな大事な話しに手塚がいないんだい?」
「そんな大事な話じゃないけどね」
「越前死ね。部長は怖いからだよ」
「怖いの!?」
「あーあー、ということで辞めます私!今までありがとうございま…」


 ガチャリ、部室のドアが開く。あ、やばいなコレ。恐る恐る振り向いてみれば、案の定しかめっ面をした部長様がいらっしゃった。


「…水瀬、」
「ひぃえええすみませんすみません!部長様まじすみません!」
「……」
「決してテニス部が嫌になった訳でなくて、いや、一部のメンバーは嫌いなんですけれども、嫌いっていうか苦手っていうか。でも分かってます愛ゆえなんですよね!」

「何この怖がりよう」
「手塚ー、マネージャーに何したの?」



 上から見下すように立っているせいか部長の怖さがいつもの倍だ。かと思ったら、部長様は私と目線を合わすようにして屈んだ。え、何言われるんだろう。お前はもう逃げられないんだ、とか?ひぇえ怖ぇえ!辞めるなら辞めろ、お前みたいなクズはこっちから願い下げだ、とか?それもそれでへこむなオイ。


「水瀬、」
「っはい!!」
「そんなにキツかったか?」
「……へ?」
「確かに最近、顔色がよくないな」
「…はい、まぁ」
「辞めたいか?」
「…で、できればサヨナラしたいです!」

 言った!言ってやったぞ私は!


「…だが、俺だけではコイツらをまとめきれない」
「…はぁ」
「お前がいたから、みんな安心してプレーできていたんだ」
「…おっしゃっている意味が分からないんですけれども」
「お前が必要なんだ」


 必要?わたしが?
 でも、なぜだか手塚部長に言われるとそんなような気がしてしまう。

 私はテニスなんて全然知らないから、彼らにドリンクやタオルをわたしたりスコアを記録したり部室の掃除をしたり、そんなことしかできない。練習メニューを考えたりできたら少しは役に立ったのにな、そんなことを思うときもあった。


「柚ちゃん辞めちゃうなんてやだからね!」
「き、菊ちゃん…」
「俺もイヤっす!先輩の作るおにぎり好きっすから!」
「水瀬さんはいてくれるだけでよかったというか…」
「みんなのこと、ちゃんと理解してくれてるし」
「み、みんな…!!」


 うぅ、泣けてくるじゃないか!越前が「辞めるなら辞めればいいじゃん」と言ってて、先輩らに叩かれていたのは見なかったことにしよう。
 すると、不二くんがいつものスマイルで私に言った。


「柚ちゃんじゃなきゃ、ダメなんだよ」


 そうか、何を忘れていたんだ私は!テニスが好きで、みんなのテニスを見るのが大好きで、テニス部が大好きだった。私の帰る場所はここしかないんだ!


「やっぱり、やっぱり私、マネージャー続ける!」
「ほ、本当に?」
「はい!気づいたんだ、私はテニス部が好きなんだってことに」
「じゃあこの退部願は?」
「必要ないに決まってんじゃん!」


 そうだよ!マネージャーをやめられる訳ないじゃないか。
 ごらん、夕日がこんなにも綺麗だよ。









「……はい、じゃあそろそろ部活行こうか」
「ふぁあ、眠ぃ」
「あ、そこのラケットとって」
「はい」
「大石!今日はフォーメーションの練習しよ!」


「……え、ちょ、みんな?」


 さっきまでの感動的な空気はどこへやら。みんな何事もなかったようにケロッとして席をたった。え、え、どういうこと?ふと、不二くんを見ると、彼はいつものように微笑みながら私の退部願で紙ヒコーキを作っていた。


「………は、はめられたぁぁああ!!」


 このあと、いつものように乾汁の実験台にされたのは言うまでもない。


退部願は紙ヒコーキとなって飛んでいきました。


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