別に幼馴染みとか元カレとかいう関係ではない。たまたま前後の席になって、プリントを回したりメールをするようになって、気づけばよく話す仲のいい友達になっていた。
彼女、水瀬柚は最初こそおとなしい印象をうけたが、今はよく笑うし冗談も言う。後ろの席になって分かったことは、授業中空ばかり見上げていることと、それから、顔を伏せて寝ていることも多かった。
そんな彼女から、恋愛相談を受けるようになったのは、夏休みが終わって秋の薫りが漂いだした頃だったろう。
二ヶ月ほど前はB組の田中、次はA組の山下、それから何組かは忘れたが野球部レギュラーの佐藤。最初のうちは、なんで俺に相談すんのやろとしか思わなかったが、言われる度に自分の中の黒々とした何かがうごめいているような錯覚を感じた。
そして、どうやら次は、同じテニス部の宍戸亮らしい。
「どこが好きなん?」
「どこっていうか、爽やかでかっこいいじゃん」
「あいつは止めといた方がええで」
「なんで?」
「ライバル多いやん」
体を90度横にずらして座る彼女の横顔を、夕日が照らす。足元には二つの影が広がっていた。
誰もいない放課後の教室は、ひどく静かで何かがはりつめているようで。それをほどくように、彼女はポツリポツリと話始めた。
「いつだか忘れたけど、委員会で遅くなったときがあったの」
――今日みたいに夕日が綺麗だった日。
彼女は、宍戸が部活後も一人で練習しているところをたまたま見たらしい。そこで少しずつ気になるようになって、最近、好きなことを自覚したという。
「この前までは佐藤やったやん」
「私が恋多き女ってことくらい分かってるでしょ」
「…で、どないするん?」
「何が?」
「告白」
「……あぁ、」
彼女は、ぼーっと空を眺めているかと思えば、まるでそれを忘れていたかのような返事をした。
なんで…?それと同時に俺は思う、なんで放課後の教室に二人っきり、俺に相談したんだろうか。
気づけば俺は、彼女を引き寄せていた。
「俺じゃ、ダメなん?」
「…だめ」
自分は彼女の友達なんだと分かっていた。
それなのに、かろうじて顔が分かるくらいの誰とも知らん男への恋愛相談を受けるのがだんだんツラくなってきて。それでも、話す時間が増えて友達の距離だとしてもそれが縮まるのが嬉しかった。
気づいたんや、俺は彼女が好きなんだということに。
いつも目で追ってたし、相談を受けるような立場だったからこそ、彼女が俺を見てないことくらい分かっていた。分かって、いたんだ。
面と向かってフラれたら、どれくらいキツいんやろな。そう思っていたのに、何故か痛くも悲しくもなくて。分かっていたからか、もしくは現実から逃げているのか。
コチコチと時を刻む時計の音が、やけに耳に響く。いずれにせよ、時間はゆっくり流れていた。
「そろそろ帰ろっか」
「せ、やな」
学生カバンを持ち、コートを羽織る。彼女は教室の出口まで行くと、こちらを振り返って言った。
「忍足、」
「ん?」
「ごめんね」
しばらくの沈黙。俺は乾いた空気を飲み込んだ。今さら襲ってくる虚無感に、現実を気づかされる。
彼女が俺を好きにならないようにしていたのは分かっていた。分かっていた、はずなのに。苦しくて息がつまりそうになった。泣くなよ、俺。
遠ざかる背中が、視界の中にゆれた。
――――
侑士はこんな役がいい。