目の前の観覧車を見上げる。雲をつきぬけて天界に行けるんじゃないかってくらいの大きな観覧車(まだ死にたくない…)。世界に誇る高さと長さと…それから何かがあるらしく、一人ため息をついた。

 私が悶々としてるうちにいつの間にかメンバーは決まっていて、柳生とブン太と私が1番最初に乗るらしい。あと三組くらいかな、半ば諦め気味で人がゴンドラに吸い込まれていく様子を見ていた。


「足元にお気をつけくださーい」


 あああやだな怖いなー。柳生がいるからまだいいけど。そう思っていた矢先、ぐいっと背中を押される。ゴンドラ内には私とブン太だけ。

 「プリッ」小窓の向こうでは、柳生に変装していたペテン師仁王がにやりと笑っていた。



「ああああああ」
「ちょ、恥ずかしいからガラスに張り付くな!」
「柳生いないと私死んじゃう!っていうかこのタイミングの入れ替わりに何の意味があるんだよ!仁王のバカ!うんこ!」
「俺がいるだろぃ」
「柳生カムバァァック」

 ゆっくりとゴンドラが浮上する。ゆーらゆーら、揺れるゴンドラに身体を固くして構えた。もうやだよ、早く降りたいのにまだ全体の四分の一もいってないし。ちくしょう。

 ふと、目の前のブン太を見てみれば、何度もガムをふくらましてはパチンとつぶしていて、何故だか知らないがソワソワしていた。こいつも高所恐怖症もとい観覧車恐怖症なのかな。もしくは…、「トイレ大丈夫?」「大丈夫だよ!」どうやら違ったらしい。


「そういえばお前、高いとこ無理なんだって?」
「うん、まぁ。ジャングルジムのてっぺんも無理です」
「……え、」
「滑り台は平気だからね!」


 いや、そういう問題じゃなくて。ブン太がそんなようなことを言っていたような気がしたが、私はそれどころではなかった。

 吹いたのだ。春一番が。あれ、今秋だっけ。とにかく、その強い風のせいでゴンドラがぐわんと揺れた。さっと構える私はきっと、涙目なんだろう。笑いたければ笑うがいいさ!



「ひぇぇええ」
「い、今の風すごかったな」
「疾き事風の如くー!」
「え」
「…もうやだ帰りたい」
「じゃあ今すぐこの小窓から帰ればいいだろぃ」
「死ねってか!」
「…お前数学の宿題やった?」
「自分が当てられるとこだけ」
「ついでに俺んのも」
「あ、もしもし幸村ー?ブン太がさー」
「ちょ、やーめーろーよ!!分かったよ自分でやればいいんだろぃ!」



 特にいつもの教室と変わらない会話をしていたとき、何かアクシデントが起きたらしくゴンドラが止まった。「「ひっ」」え、え。いや困るんだけど。慣性の法則っていうんだっけ、あれ、これはただの風の力?しばらくゴンドラはユラユラゆれていた。


「ちょ、た、たすけ…」
「お、おま…とりあえず、手すりに」
「……」
「……」
「え、ブン太、え?」
「な、何だよ」
「もしかして、高しょ」
「バッカ違ぇよ!」
「最後まで言わせて!」



 そうか、君も高所恐怖症なのか。フハハハ仲間だ。…ぜんっぜん頼りにならないじゃん!柳生カムバァァック!

 ちらっと視界の端にうつる景色を見てみれば、ずいぶん経っていたらしく幸村たちが小さく見えた。ひぇええ高けぇ!………え、幸村たち?なんで?みんな乗るんじゃなかったの!?また騙されたのか私は!

 ジャッカルに一週間鞄持ちの刑だな、そんなことを思っていると、柳生が“ごめん”とジェスチャーで謝っているのが見えた。

 それにしても。

 いつまでこの観覧車は止まっているんだろうか。もう地上へは帰れないのか。私は一生ここで暮らすのか。こんなことなら、冷蔵庫のプリン食べたり、机の中の赤点のテスト用紙を燃やしとけばよかったな。ぐすん。


「あー!プリンー!」
「な、何だよいきなり」
「私のプリンと赤点がー!」
「もうワケわからん」


 私は、その尋常じゃない早さでガムを膨らます君の方がワケわからんと思うけどな。
 そんなことを思っていると、ふわりと浮いて再び観覧車が動き出した。よかった、心からよかった。帰りにプリン買って帰ろ。


「み、見ろよ。夕日がきれいだぜ」
「やだ無理、外なんか見れない高いもん」
「あ、真田が妖精コスして踊ってる」
「まじでか」
「な、夕日綺麗だろぃ」
「…そうだね。なんか負けた気がする」
「気のせい気のせい。…うおっ」
「ひぃっ!また揺れた!」
「……」
「…っていうかさ、ブン太高所恐怖症なんでしょ?なんで観覧車なんか乗ろうと思ったの」
「いや、まぁ…」
「そうかそうかバカなのか」
「ちっげえよ!」


 またソワソワし出したブン太、どうしたんだ一体。トイレかな。あ、違ったんだけ。

 そんなことを思っていると、ぐいっとブン太に腕を引っ張られた。いきなり何、そう言おうと思ったのに口は塞がれていて。あれ、ブン太が近い。くちびるに柔らかい感触と、ふわりと青リンゴの香りが鼻孔をくすぐった。

 ブン太に、キスされてる、わたし。


「え、」

 一瞬何が起きたのか分からなくて、視界にうつる下がって見えなくなる一個前のゴンドラに、いま観覧車のてっぺんだ。そんなことしか考えられなかった。


「お前とだから、乗りたいと思ったんだよ」


 ぎゅうっと抱きしめられて、耳元でそう言われた。ぞくぞくっとする。ブン太のくせに生意気な、いつもの私ならそうやって笑えるのにいつもの私にはなれなくて。


「つきあって」


 再び、耳元で言われる。抱きしめられててよかったのかもしれない。いつもの私じゃない、赤く染まる顔を見られなくてすむから。
 返事の変わりにぎゅうっと抱きしめ返すと、ブン太もその意味を察してくれたのかもっと強く抱きしめてくれた。


 しばらくの沈黙のあと、少し傾いて怖かったけどブン太の横に座った。
 だってさ、ブン太の顔見れないし。恥ずかしくて。


「っはー!」
「な、何急に」
「…よかった、」
「緊張した?」
「すごくした」


 実はわたしもいろんな意味で緊張してたなんて、言わないでおこう。


「すげぇ焦ったんだからな!」
「何が」
「真田にパーカー貸すし、柳生と二人で遊ぶし、ジャッカルにひっついてるし…」
「そ、れは…」
「……」
「妬いた?」
「べ、別に」


 プイッとそっぽを向くブン太に、ふにゃりと頬がゆるんでしまう。それを慌てて抑えると、ブン太の手に自分の手を重ねて言った。


「ほんと、夕日きれいだね」
「そ、そうだな」
「また来よっか」
「え」
「今度は、二人で」


 絶叫系とホラー系は乗れないけど。そう付け足してふいに思った、あれ、私観覧車は大丈夫になってる。
 早く終わって欲しかったこの時間が、今はずっと続いてほしいと思ってる。きっとブン太も同じなんだろうなと思うと、なぜだか嬉しかった。

 手を繋いで観覧車を出ると、にやにやしたみんなが待っててくれて。少しむかついたから、ジャッカルの足をひっかけてやった。


 この遊園地行きが、ブン太の告白のために計画されたものだと知るのは、また別の話。


――――
な、長かった…!本当はこれが書きたかったんです。
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