昼休み、俺こと忍足謙也は白石から借りた英語のノートを必死にうつしていた。ああ、英語なんか嫌いだ。あっちいけ。

 ふと、左側から聞こえた声に耳をすませば、っていうか嫌でも聞こえてくる音量で千歳と水瀬が話している。最近、千歳が2組に来るようになったのはこのせいか。


「『生きろ!そなたは美しい』」
「アシタカたいっ!」
「『人は大地から離れては生きていけないのよ!』」
「シータァァァア!!」
「『え〜んがちょ!えんがちょせい』」
「千と千尋たいね!釜じい好きやー!」
「『皆、よく見ておけ、神殺しが如何なるものか』」
「もののけ姫!エボシ様かっこいい!」
「『あの雲の峰の向こうに見たことのない島が浮かんでいるんだ』」
「パズゥゥ!あ、ちょうど入道雲ば見えったい。今日はラピュタ日和ばいね!」
「『さ〜つきちゃん』『は〜い』『もうトモダチができたのか?』『うん、みっちゃんっていうの』」
「『メイのばか!もう知らない!』」
「ト、トトローー!!」


 やかましい。特に千歳が。水瀬の声マネがすごく似ているせいか(ついでに顔も似てる)、千歳のテンションが見たことないくらいに上がっていて、ぎゅーっと水瀬に抱きついていた。
 見るところ、二人はジブリ仲間で、今は水瀬の声マネを聞いて千歳がキャラを当てているのだろう。彼女の声がそっくりなところもすごいが、正解する千歳もすごい。

 …いかんいかん、はよノート写さんと次英語やん。


「千歳すごいねー!すぐ分かっちゃう」
「柚の声もすごかね!こげん似てるんは初めてたい」
「こんなのもあるよ、『血!分かる!?血!!』」
「千!千!」
「『いらっしゃいませ〜』」
「番台カエルたい!」
「『…ウッ!グハァ…ゲホ、ゲホ…セェン……小娘が、何を食わし……オグゥ』」
「カ、カオナシ!!」


 オイオイオイオイ!お前は女としてそれでいいんか!だってカオナシやで!?声も顔もカオナシやで!?鼻の下ぐいーん伸ばして、口と目半開きにして。なんかもう切なくなってきたわ。まぁ、たしかに似てるけどな。

 千歳は相変わらずうるさくて、目をキラッキラさせて水瀬の声に聞き入っている。カオナシとか千とか、水瀬は千と千尋の神隠しが特に好きなんやな。あ、神隠し…。千歳の技名はここからとったのかと、ふと思った。
 って、アカンアカン!手ぇ止まってるやん俺。


「『まだ分かりませんか?大切なものがすり替わったのに…』」
「ハク様たい!ハク様かっこよか〜」
「ね!超かっこいいよね!『私はこの先には行けない。千尋は元来た道をたどればいいんだ。でも決して振り向いちゃいけないよ、トンネルを出るまではね』…とかね」
「っきゃぁぁああ」


 やかましい。ていうかよくそんな長いセリフ覚えられるなオイ。
 ……あー、また手ぇ止まってたわ。アカンアカン。何やったっけ、we will…。


「千と千尋は感動ものたい!涙ば止まらん…っ」
「超名作だよね!あ、あそこやんない?電車で銭婆んとこ行くときの」
「よかよ…『あの、沼の底までお願いします。…えっ?あなたも乗りたいの?』」
「『あ、あ、…』」
「『あの、この人もお願いします』」
「『あ、あ、…』」
「『おいで。おとなしくしててね』」


 オイィィイイ!!千歳が千役かい!ていうか水瀬、お前はカオナシでいいんか!あの顔で「あ、あ…」言うとるだけやないか!

 ついに俺は席をたった。大阪人としてツッコまなければならない気がする。あと、こいつらめっちゃうるさいねん。


「ちょ、お前らうるさいねん!そんで水瀬、お前カオナシ役でええんか!女やろ!」
「は!?カオナシなめんなよ!結構難しいんだからなカオナシ」
「知らんがな!」
「あ、あと昨日練習したのもあるんだ!…『え、もう?』」
「分かるわけないやん!」
「うー…、なんだったっけ」
「ヒント、トトロ」
「…っあ!はい!」
「はい千歳千里くん」
「メイちゃんにお弁当ばまだか聞かれたときのお父さんの反応たい」
「正解!」
「分かるんかい!マニアックすぎるわ!」
「『んっ、んっ』」
「あー…、これもトトロ?」
「うん」
「あ!カンタが傘ば忘れた人に自分の傘渡すときん声たい」
「正解!」
「…お前らアホや、めっちゃアホや」



 キンコーンカンコーン。ちょうどそのとき、授業開始十分前を告げるチャイムがなった。
 ……アカーーン!!俺まだ白石のノート写し終わってないやん!このバカどもに絡むんやなかった。


「あああああ」
「どげんしたと?」
「ノート写しきれんかった!お前らのせいや!」
「責任転嫁はよくないぜ」
「ついでに弁当も食ってないねんアホ!」
「『これ食うか?うんまいぞぉ』」
「カオナシたい!」
「やかましい!」
「『黙れ小僧』」
「もののけ姫のモロたい!」
「お前が黙れや。もうあと五分しかないやん!」
「『40秒で支度しな!』」
「ドーラたい!」
「(イラッ…)」
「『あ、あ…』」
「柚はまっことカオナシばうまか〜」
「うるせぇぇえ!!」
「『ちぇっちぇっ、気取ってやんの』」
「ジジたい!むぞらしか〜」



 げんなり。俺は、このジブリバカたちのせいで全てのやる気を削がれた。三分前の今も、二人はまだわいわい騒いでいる。水瀬はアレとしても、千歳はクラス帰れや。

「柚は本当うまかね。どげんしたらそうなれると?」
「『よく言うじゃない!天才は場所を選ばないって』」
「ソフィーたい!」


 もう英語はあきらめようと思う。


――――
これ伏せ字にした方がよかったかな…。友達の声マネが上手すぎてびっくりした!


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