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バイクを飛ばして指定されたカフェの最寄り駅を目指す。

もちろん近くのパーキングも検索済み。

予定の時間より大分早く着いたが、既に家にいたツカサはもう夕食やシャワーも済ませていたりするはずだろう。

そんなこと簡単に予想がつくのに………それでも来いと言ってしまった俺は、きっとどうしようもなくツカサに会いたかったんだと思う。


(飛ばしすぎたか。45分前………まあ、待つしかねえだろ)







近くのコンビニにバイクを止め、しばらく時間を潰していると待ち合わせの相手にそっくりな人物が店の前を通過していった。
いつもと違う服装のせいか、本人かどうかが後ろ姿ではわからない。
駅の方に向かっていった人物を追いかけると、待ち合わせに指定したカフェの向かいにある別のカフェに入っていった。
暇潰しのつもりがそんなにも時間が経っていたのかと時計を見ると、まだ針は5分しか進んでいない。


(別人かよ。そりゃそうか、まだ40分前だしな)


バイクを置いてきたコンビニに再び戻ろうとすると、先程カフェに入っていった人物がこちらからもよく見える2階のガラス張りの窓から見えた。
そしてその大きな窓の前にあるカウンター席にカップを持って座る姿が視界に入る。


「いや、どう見てもあれ………ツカサだろ」


少し遠くても、こちらを正面に座る彼女が待ち合わせの相手だということはすぐにわかった。
電話の後すぐに家を出たのだろう。スーツ姿ではない少しラフな格好に新鮮ささえ感じ、普段の格好を見れたことが少し嬉しい。

俺は一旦コンビニに置いてきたバイクを取りに戻り、予定していたパーキングに停めた。
彼女は相変わらず窓の席に座っていて、時折カップを傾けて遊んでいる様子が見える。
既に着いていることを彼女に伝えようと携帯を取り出して、ディスプレイに彼女の番号を表示させた。
今まで何度もかけた見慣れた番号は、1度タップすれば電話がかかるのに何故か手が止まる。
ただ疑問に思っただけ、といえばそうなのだけれど………


(何であいつ向かいの店に入ったんだ?)


向こうから連絡をしてくるのかと思えば、全くと言っていいほど携帯の着信音が鳴らない。
たまに窓の席に座る人物を見れば、携帯をいじっているかのような様子だけが見えた。


(また携帯見てるな………仕事の連絡か?)


俺はいつ連絡が着てもいいように、と何度も何度もディスプレイの着信と時計を確認する。
それなのに窓の向こうの相手は携帯を触れど、連絡をしてくることはなかった。

そして約束の15分前。
もうこっちから連絡するか?と思い始めた頃、彼女が席を立った。


(あいつ、まさか時間調整して………!!)


まだ長い付き合いではないものの、彼女の気の使い方や優しさは何となくわかっていた。
きっと先に着いたと思って、俺が来るのを待っていたに違いない。


(くっくっく………何だよ、バカだろあいつ。呼び出された側だぞ?)


愛しさのような何とも言えない感情に満たされる。
もし40分も前から来てただろ、と伝えたら彼女はどんな顔をするのだろうか。


(どんな顔………って困るだけだろ。ガキか、俺は)


今まで遊びなような恋愛ばかりだったせいか、口説くと宣言した相手をどう大切にしていいかがわからないのも事実。
俺たちはまだ“付き合っていない”のだから、その中途半端な感じがやりづらい。

パタパタと靴音を立てて走ってくる彼女はいつもより幼く見えた。


「ツカサ」

「お、遅くなってごめんなさい」

「いや、俺も今来たところだぞ、と。
ていうか、来るの早くないか?まだ15分前だぞ」

「それはレノさんもです。着いたなら連絡くれればいいのに」


(ああ、俺からの連絡を待ってたのか)


先に来たことを言わない彼女は、健気にも“今来ました風”を装った。
優しすぎる彼女は俺に気を使っているのか、それとも無意識なのかはわからないが大事なことを教えてやる。


「はっ、わかってねーな。連絡したらお前、急いで来るだろ?」


呼び出したのは俺なんだぞ、と伝えているのに、彼女はニコッと微笑むだけだけ。
お互い、徐々に慣れてきているのはわかっていた。
男と女っていうのは稀に“友達”と曖昧になる瞬間がある。
俺が思うに、ツカサの気の使い方はその“友達”と同じような気がしてならない。


「男なんか待たせておけばいいんだぞ、と」


くしゃっと頭を撫でると、少しくすぐったそうにしている姿が可愛らしい。


(簡単に頭撫でられんなよ)


こんなこと今までのどの女にもしたことがないし、感じたことのない気持ちだった。
彼女はというと………


「女慣れしている感じがしますね」


などと言って笑っていた。
素直に照れてはくれないらしい。


(たまに可愛くねえんだよな………こいつ)







待ち合わせ予定だったカフェに入る。
電話の時と変わらないような、他愛もない会話。
そしてツカサはカフェオレ。
俺はブラックコーヒー。
今まで特別コーヒーを美味いと思ったことはないが、店の落ち着いた雰囲気もあって何だか特別な味がした。


「コーヒー、お好きなんですか?」

「いや、良し悪しはわかんねえけど………美味いな」


その言葉を聞いた彼女がはにかむような、とても嬉しそうな顔をしたから、純粋にまた2人で来ようと思った。


「………それで、家どこだよ」

「駅から歩いて5分です」

「近っ」

「会社から少し離れますけど、駅近なんです。夜とか怖いし」


今回は目的はカフェではなく彼女の家。
詳しく聞けば聞くほど、駅近でも場合によっては危ないような気がしてきた。
それなのに当の本人は危機感のない顔でこちらを見ている。普段はきちんとしている印象なのに、時折アホなんじゃないかと思うような雰囲気を出すところが目を離せない原因なんだと思う。


「くっくっく………!そんな可愛いアホ面してんじゃねーぞ、と」

「ひどいです。可愛いアホ面は結局アホじゃないですか」

「アホな子ほど可愛いって言うだろ?」


むぎゅーっと頬をつまんでやれば、面白いくらいに伸びた。
餅のようなぷにぷにさが少しやみつきになる。


(柔らけーな)


引っ張った頬を今度は親指でぐりぐりと押す。頬をまたむぎゅむぎゅしてやると、睨んだ目がこちらを見ていることに気付いた。
彼女の怒りを無視し、更に自宅近辺のことを訊く。
最近はこんな人がいた、とか、この辺で喧嘩していた人もいた、など様々だった。


「ふーん、危ねーのな。
ああ、もうこんな時間か………送ってく」

「すぐそこだし、大丈夫ですよ?ここのカフェから家までは3分くらいですし」


(俺、家教えろって言ったよな?)


こういう反応にきっと俺は振り回されている。
このアホ面な彼女は、どうして今ここで待ち合わせをしたのかすっかり忘れているのだろう。
自宅はすぐそこだと言うから歩いて行くことにした。

少し足取りが遅くなるのは彼女に合わせているからか、それとも無意識なのか………わからない。


「あ、ここです!本当に近いでしょう?あっという間に着いちゃうんです」

「いいマンションに住んでるんだな」

「今日はもう帰るんですよね?」


すごく寂しそうな笑顔を見せる彼女を腕の中に閉じ込めたくなる。
でも今日の目的はそういうことではない。


(どうでもいい女ならとりあえず家に上がるのに………どうした、俺)


本当は口説くと言ったのも最初は気紛れから出た言葉。
今までにないタイプだったからからかいたくなった、そう思っていた。
それなのに感じたこともないような愛しさや、自分の行動に振り回されていたのは………他ならぬ自分自身だったということに気付く。

誤魔化すように彼女の頭をくしゃっと撫でて、手の甲にキスをした。


「手………ですか?」


服の裾を掴んで上目遣いの彼女と視線が合う。
その少し潤んだ瞳を見た瞬間、聞こえるんじゃないかってくらい心臓がドキッとした。
どうせそれも、いつも通り無意識なんだろ?


「おねだりか?」


顎に手を添えて目を合わせるといつもとは違う色気のような、何ともいえない衝動に刈られる。
もうキスしてもおかしくないくらいの距離。
でもこの時は俺の理性が勝った。


「煽ってんなよ、と」

「え、あ………あの!!」


言葉を遮るかのように額にキスを落とす。
もう1度目を合わせて今度は両手で頬を包んでやれば、真っ赤な顔に更に目には涙が溜まっていた。


(どこまで可愛いんだよ)


心の中で笑いを堪えながら俺の本音を伝えてやる。
もちろん彼女も“どうせそれも、いつも通りの口説き文句”だと思うに違いない。


「嬉しいけどな、大事にさせろ」


それでもいいから伝えたいことって、本当にあったんだな。







それから家に上がることもなくすぐにパーキングへ戻る。時計を見ると、既に日付が変わっていた。
近くの自動販売機で普段からよく飲む缶コーヒーを買って、いつものように一口飲む。


「いつも飲んでるコーヒー、こんなにまずかったか………?」


チラッとカフェの方向に目を向けて、店名を確認してからバイクを走らせたのだった。






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