promise
胸の高鳴りは止むことなく、時間が経てば経つほど大きくなっていった。
待ち合わせのカフェが見える向かいのお店に入って、その2階から外を眺めて待つことにする。
いつ彼が現れてもいいように。
(今………40分前か。早く来すぎちゃったな)
ぼーっと眺めていると、1台の大きいバイクがカフェ近くのパーキングに停めてあるのが見えた。
その近くにいる人物は遠くから見ても一目でわかるほど鮮やかな緋色の髪をしている。
(え、もう!?約束の時間より30分も早いのに!)
彼が携帯をいじり始めた姿が見えたため、私も自分の携帯の着信も気にしながらその様子を観察する。しかしいつまで経っても到着連絡のメールが届かない。
彼が携帯をいじっていたのは会社の用事だったのだろうか。鳴らない自分の携帯が少しだけ悲しい。
それからは彼が携帯のディスプレイを何度も何度も確認している様子が見えた。待たせていても仕方がないと思い、約束の15分前になったところで彼の元へ行くことにした。
「ツカサ」
「お、遅くなってごめんなさい」
「いや、俺も今来たところだぞ、と」
優しく笑って、彼はやさしい嘘をつく。
もし、30分も前からそこに居たことを知っていると伝えたらどうするのだろうか。
それよりも私が早く来たことがバレてしまうなあ、と思ったら少し恥ずかしくなる。
「ていうか、来るの早くないか?まだ15分前だぞ」
「それはレノさんもです。着いたなら連絡くれればいいのに」
「はっ、わかってねーな。連絡したらお前、急いで来るだろ?」
私への優しさだと思ったら突然胸が熱くなった。
この気持ちは何だろう。彼の気遣いがくすぐったい。
「男なんか待たせておけばいいんだぞ、と」
そう言って私の頭を撫でる姿が格好よくて、優しくて、ダメなところが見当たらなくて………
「女慣れしている感じがしますね」
「ちょ、おま、違うだろ!」
なんて、くだらないやり取りをしないと心臓が爆発するんじゃないかって思った。
予定していたカフェに入り、いつものように他愛もない話をする。
ここのカフェは珍しく夜遅くまで営業していて、少し穴場のようなレトロな雰囲気がお気に入り。
久しぶりに飲んだカフェラテはホッとする味がする。
「ここのコーヒーはいい味がするんだな」
「コーヒー、お好きなんですか?」
「いや、良し悪しはわかんねえけど………美味いな」
私が入れたわけではないけれど、すごく嬉しくなった。褒め言葉がまるで自分のことのように感じる。
自分の好きなお店を気に入ってもらえるというのは、なんて幸せなのだろう。
「………で、だ」
「でっだ?」
「ちげー………それで、家どこだよ」
「駅から歩いて5分です」
「近っ」
「会社から少し離れますけど、駅近なんです。夜とか怖いし」
そう答えると彼は黙ってじっと見つめてきた。
何の無言だろう?と首をかしげると、ムギュッと頬をつままれる。
「くっくっく………!そんな可愛いアホ面してんじゃねーぞ、と」
「ひどいです。可愛いアホ面は結局アホじゃないですか」
「アホな子ほど可愛いって言うだろ?
………夜怖いってことは、やっぱ変な奴とかいんのか?」
「稀にです。残業して帰ると酔っぱらいがいたりするので………絡まれたことはないから大丈夫だとは思いますけど」
「ふーん、危ねーのな。
ああ、もうこんな時間か………送ってく」
「すぐそこだし、大丈夫ですよ?ここのカフェから家までは3分くらいですし」
寧ろ私が帰り道の道案内をした方がいいのではないだろうかと話すと、あんなでかい会社までの道がわからないやついるのか?と聞き返された。
それもそうか………ということで、お言葉に甘えて家まで歩いて送ってもらうことにする。
(これで今日は帰っちゃうのかな)
とても楽しい時間だったからこそ、足取りがいつもよりゆっくりになる。
それに気付いているのかいないのかはわからないけれど、彼は私に合わせて隣を歩いてくれた。
「あ、ここです!本当に近いでしょう?あっという間に着いちゃうんです」
「いいマンションに住んでるんだな」
高層マンションではないものの、5階建ての最上階に住んでいる。
これで今日はお別れかと思うと寂しさを感じた。
中に入ることはなくマンションの前で止まり、彼は笑って私の頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「そんな顔すんなよ。また来るぞ、と」
そして私の手を取り、手の甲にチュッと軽いキスをした。
触れられたところから徐々に熱を帯びていく。
心臓がついに爆発したんじゃないかと思うくらい、私の中で何か弾けた気がした。
「手………ですか?」
気付いたらそんなことを口走っていた。
ハッと思った時にはもう既に遅くて………
「おねだりか?」
と彼の指が顎をくいっと上げてしばらく見つめ合う。
それだけでも顔が熱いのに、整った顔が徐々に近付いてきた。もうどうしていいかわからなくてパニックになる。
顔を背けようとするが上手くいかない。
「煽ってんなよ、と」
チュッ
軽いリップ音がすると思ったら、どうやら私のおでこにキスをしたらしい。
それに気付いた途端、段々おでこが熱くなっていくのがわかった。更にパニックになるのは仕方無いと思う。彼はそれがわかってか、私の頬を包んで笑った。
「嬉しいけどな………大事にさせろ」
と紳士な言葉を残して帰っていった。
大事にしたいという彼の言葉がずっと頭の中で木霊する。嬉しくて顔がにやけた。
「何か、色々恥ずかしいことをした気がする………」
もし次があるとしたら、もう少し冷静に会おうと決めたのだった。
back