again
あれからというもの、彼は2週間に1度くらいのペースで電話をかけてくる。
もしかして見掛けによらずマメな性格なのかもしれない。
彼の人気の理由が少しわかる気がした。
プルルルルルル………
「はい、ツカサです」
「ん?今日はやけに出るのが早いな。待たせてたみたいで悪いな、と」
「待たせてた?」
「いつもより早かったってことは、待ち遠しかったってことだろ?」
「………うん?」
「無意識かよ」
いつも通りの雑談。
主に仕事の話になるのだが、事務の話なんてつまらないですよねと言うと「やったことない仕事の話には興味がある」と言っていた。
こんなにも他愛もない雑談が何故だか面白いと感じるのは、相手が彼だからなのだろうか。
まるで学生の頃の友達を思い出すがあの頃と少し違うのは、彼が“友達”ではないということ。
「事務員って会社の寮に住んでるのか?」
「え………あ、そういう人も結構いますね。私は少し離れたところにマンションを借りて住んでいるんです」
それまでの仕事の話から変わり、プライベートな話になる。
会社の寮なんてソルジャーの寮には劣る質素なところですよと付け加えて簡単に説明した。
以前会社の寮に住んでいる友人の部屋へ行ったことがあるが、単身者用のワンルームで狭め。メリットといえば町で借りるより少し安くて会社までの距離が少し近いということくらいしかなかった印象がある。
それなら少し遠くても町で借りた方がましなのではないかと思い、私は寮を選ばなかったのだ。
「なあ、それなら住所教えろよ」
「ええ!?」
思いもよらない質問だっただけに、つい大きな声が出てしまった。
その大音量に驚いたのは彼の方だろう。遠くで声が聞こえるけれど音が小さい。咄嗟に携帯を離したのだと思う。
「あ、ごめんなさい。でも住所なんて何で………」
「何かあった時困るだろ?」
「ちょ、ちょっと待って!終電逃したからってうちに泊まろうとするのはやめてください!!」
「………………」
「………………」
何だろう。この沈黙。
遊び歩いて家に帰れなくなったからといって、夜な夜なうちに来られても嫌だなと思った。そういう都合の良い女は願い下げだ。
それなのに電話の向こうで吹き出して大笑いする彼の声。
「………くっ、くくっ!!お、まえ………くっくっ、本当に、くくっく………話せば話すほどアホだな!!あー、腹いてぇ」
「笑わないでください!そういう都合の良い女は他でつくってもらえますか。私はそういうのお断りなんで!」
キッパリそう言ってやると、さっきまで笑っていた声が消えた。
いくら女性関係の噂が絶えないとはいえ、あくまで噂。本当か嘘か知らない奴に言われるのはいい気分じゃないことなんて少し考えればわかること。
これではただの失礼な奴だ。
「………すみません、失礼なことを言いました」
「いや、別に噂は半分本当だからな。ただ、縁を切ろうとした奴が話を盛って流してるところもある」
「わ、すごい!余程恨まれたんですね!」
「………わざとか?」
「どっちだと思います?」
彼の格好よさははわかっているし、私よりも遥かに美人とお付き合いしているってこともわかっている。
それでもその辺の美女と一緒にしてほしくなくて、私だけの価値がきっとあるんじゃないかとつい憎まれ口を叩いた。
「ツカサ」
「はい」
「住所」
「だから………」
「今から行く」
「え!?」
「路頭に迷ってもいいのかよ」
「まだ終電ありますよ」
「ハハッ!俺は普段からバイクだぞ、と」
知らなかっただろ、と言われると何も返せなくなる。
少し彼のことが知れた嬉しさと住所を教えるべきなのか迷いがぐるぐるしていた。
都合の良い女とはどこから分類されるのだろう。
「約束してください。来る時は必ず連絡するって」
「いいぞ、と」
「家の中には上げませんからね」
「………………」
(あ、無視した)
仕方無く住所を教えて近くにあるカフェで待ち合わせをした。家の真ん前にバイクの赤髪がいたらご近所さんが驚いてしまう。
電話を切ると何だか落ち着かなくて気持ちがソワソワする。彼が来ると思うと胸が少しドキドキした。
「何着ていこう」
胸の高鳴りを押し込めて、気合いを入れすぎないけれどお気に入りの服を纏う。あくまでデートではないということでパンツスタイルにした。
予定の待ち合わせより大分早い。
けれどこのままじっとしていられなくて、バッグを掴んですぐに家を出た。
(私の顔覚えてくれてるのかな?)
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