call
自分だけの時間。
静かで何にも囚われず過ごせる刻。
唯一私が私でいられる幸せ。
相変わらず仕事が忙しくて休む暇もないけれど、この時間だけは心を空っぽにして寛げる。
数週間前に憧れの緋色の方と話す機会があったけれど、普段無心なのに心が高鳴った感覚がした。
10代の頃のように数日くらいドキドキしているのかと思ったが、仕事に追われるせいでそんな余裕すらなくなってしまった。
(会いたい、なんて思ったらおかしいよね)
それ以上考えると虚しくなりそうで、私は勢いよくベッドへ飛び込んだ。
プルルルル………プルルルル………
(………?)
鳴り響く携帯の音で、私だけの時間は終わりを告げる。
残念だと思う気持ちといつもとは違う“何か”に胸がドキッとした。
プルルルル………プルルルル………
鳴り止まない携帯のディスプレイを確認すると、そこに表示されているのは登録されていない番号。
自動的に留守番電話になるのを待つ。
プルルルル………プルルッ………
ディスプレイが消え、伝言の確認しようとすると再び電話がかかってきた。
(会社からの急ぎの用事だったらどうしよう………)
ただの間違い電話ならいい。けれど上司からの電話だったらと思うと気が気ではなかった。
変な電話なら即切ればいい。そう思い、恐る恐る通話のボタンを押した。
「………も、もしもし?」
「………し………………れ………だ」
「………あ、あのっ、どなたですか?」
外にいるのかわからないが、微かに相手の声と風の音のようなノイズが聞こえる。
どうやら電波が悪いようだ。
「すみませんが、電波が悪いようなので切らせて頂きます」
迷わず電話を切った。
安心してもいいはずなのに、まだ胸がドキドキしているのは何故だろう。
プルルルル………
ホッとする間もなく、またすぐに着信音が鳴り響く。先程と同じ番号だった。
もう既に1度出てしまったのだから、2度も3度も変わらないだろう。間違い電話なら間違いだと教えてあげなければならない。
「………はい」
「………今度は聞こえるか?」
ハッキリとした口調で話す声は男性だった。
どこかで聞いたことがある声。思い出せるはずなのに知り合いの誰とも合致しない。
「聞こえますが、どちら様ですか?間違い電話なら………」
「間違いって………これツカサの番号だろ?」
「ツカサって………」
ハッキリ聞こえるその声は間違いなく私の名を言っている。
その瞬間、忘れかけていた記憶が一気に押し寄せてきた。
「もう忘れたのかよ。俺だぞ、と」
「俺って………え!?」
耳に残る甘い声とその特徴のある喋り方は彼独特のもの。
それに気付いた途端、何も言葉が出てこなくなってしまった。
心の準備ができていない。頭が働かない。
(でも、喋りたい………)
「おい、聞こえてるか?」
「はははははいいい!!!」
「どんな返事だよ!」
彼の堪えるような笑い声が聞こえて嬉しくなる。
初めて聞く明るい笑い声につられて私も笑ってしまった。
「ふふふっ!そうですよね。変でしたね、今」
「かなり、な」
こんな大したことないことで笑えるなんて思わなかったし決してドジッ子でもないけれど、彼が笑ってくれるならそれでもいいかなーとも思う。
それから私たちは「最近の仕事はどうだ」とか「休みはちゃんとあるのか」とか………所謂“雑談”というものをした。
「じゃ、また明日な。忘れずにこの番号登録しておけよ、と」
「え?」
「え?って何だよ。
最初に言っただろ?俺はアンタを口説くってな」
「あれを本気にするほどバカじゃないので」
「じゃあ………本気にしろよ」
先程までの明るさと変わって、静に話す声のトーンにまたドキッとしてしまう。
本気にしていいのだろうか。遊ばれているだけなのに少し期待してしまう自分がいる。
「か、考えておきます………」
何かが変わっていく。
そんな予感。
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