廃墟 マダイン・サリ
「ジタン!ここがエーコの住んでいる、マダイン・サリなの!」
「ここが………?」
一面土色が広がっているこの光景を何と表現したらいいのだろうか。建物であったであろう瓦礫は風化してしまっていて、遺跡のような雰囲気もある。ファンタジーが現実になった今、こんなところに人が住むという想像が私には出来なかった。
ダガーが微動だにせず、瞬きも無く見つめている。
「ダガー、大丈夫?」
「ええ、でも何があったのかしら………まるで………廃墟………だわ」
衝撃を受けている私たちを他所に、瓦礫の至る所から真っ赤なポンポンがいくつもぴょこぴょこっと出てきた。
「クポ〜〜ッ」
「クポ〜〜ッ」
「クポ〜〜ッ」
「モチャ!モコ!チモモ!」
「クポ〜〜ッ」
「クポ〜〜ッ」
「モーネル!モリスン!」
「モグはいないの?まさか………ホントに食べられちゃったの!?モグ〜〜ッ!!!」
エーコが叫んでいる方向にその名前のモーグリがいるのだろうけれど、全く見分けがつかない。周りより小さくてポンポンの色が違うモグがこの中にいないことは私たちにもわかる。小さな体に似合わず大きすぎる呼び声に気付いたオレンジ色のポンポンがこちらへ飛んでくる様子が見えた。
「ク、クポ………クポポ」
「ううん、怒ってないわ。いい?もうエーコを置いてくなんてこと、しちゃダメよ?」
「クポ!クポ!」
「うん!ジタン〜っ、ついて来て〜っ!」
(全然何て言ってるかわかんない………)
みんなで一瞬目を合わせたが、黙って小さな背中を追った。
入り口の細い道を進んでいくと、中央に噴水が流れる広場のような開けた場所が現れる。エーコがモーグリたちに何か話し、解散するところだった。
「いい?頼んだわよ!」
「おまかせ下さいクポ」
「モグはエーコといっしょ!」
「クポ!」
「うん!いつものところにね!」
「クポ!」
モグが返事をするとくるくると回りながら小さくなってエーコの中に入っていった。
ジタンも不思議に思ったのか、その様子をじっと見ている。
「今の小さいモーグリって………エーコの服の中に入ったのか??」
「モグっていうの!エーコといつも一緒にいるのよ!」
「クポ〜!」
再びモグが出てきてすぐ服の中に戻っていった。エーコはジタンに見せることが出来てとても満足そうな顔をしている。
相変わらずエーコはジタンにしか興味がないようで、近くの手頃な瓦礫に腰掛けさせて楽しそうに質問攻めを始めた。
そんな2人の様子をしばらく眺めていたが、ダガーはぼんやりしているしビビは噴水を眺めたりしていたかと思えばどこかへ行ってしまったようだ。
(ダガーはこのままここに居るだろうし、私も邪魔になるだろうから近辺を探索してくるか)
■ジタンside
「ジタンみたいな人初めてだわ………」
エーコからの鬼のような質問攻めも一旦収まって周りを見ると、変わらない姿勢で座ったままのダガーが目の前にいた。
「(ツカサがいない………どこに行ったんだ?)………ダガー?どうしたんだ?さっきから、ボーッとしてるぜ。熱でもあるのか?」
「きゃ!」
「ってわけじゃなさそうだな。もしかして妬いてる?」
遠くを見つめるダガーのおでこに手を当てようとすると、ダガーは悲鳴をあげて驚いた。
たまにはツカサもこれくらい隙があると俺としては助かるんだけど、なんて少し思ったりもする。
「どうしてわたしが?」
本気に取られないところとかそういう返事の仕方はツカサと似ているんだよな。
「ねえ、ジタンとダガーってほんとにふつうのオトモダチなの?なんだかそれだけじゃないような………」
疑っているような、勘繰るような目のエーコが近付いて来る。
きっと俺たちの関係はエーコにもわかってもらえるだろう。ここで長年モーグリたちと暮らしてきたんだ。それと何ら変わりはない。
「そうだな………ただなオトモダチじゃあないな」
「ふたりは何?ど〜ゆ〜関係!?」
「“仲間”ってやつさ」
「仲間………」
「ああ、ビビも仲間さ………あれ?………ビビ?」
いつも真っ先にツカサを探してしまうせいか、ビビもいつの間にかいなくなっていたことに今気付いた。
「………エーコと、モグやモーグリみんなとの関係みたいなもの?」
「ま、そんなとこかな」
「片付いたクポ〜ッ!」
奥の方から走ってきたモーグリがエーコを呼びに来た。
「モチャありがと!すぐ行くわ!!
ジタン!エーコ今からお料理するからぜったいに食べていってね!!」
そう言ってエーコも奥の方へ走って行ってしまった。
「………まだ聞きたいこともあるからごちそうになろうか?」
「そうね………」
「後で呼ぶからこのあたりにいてね!」
一瞬戻ってきたエーコがそれだけ言い残してまたいなくなる。
ツカサもビビもクイナもいないし、今晩はここに泊まろう。
■ツカサside
マダイン・サリの全体がどれくらいなのか気になった私は、高い所に登ったり瓦礫を越えたりしてなるべく全体を見てまわった。
瓦礫の高さを見てわかってはいたけれど、ここは思っていた以上に広い。コデンヤ・パタを出た時には村程度なのかと思っていた。ゲームでは行ける範囲が狭いと思っていたが、瓦礫を飛び越えてしまったらどこまでも行けるんだと気付く。
(そりゃゲームではあの範囲しか行けなかったわけよね………あ、あれはビビ?)
瓦礫の上から見付けた小さい影は下を流れる水を眺めていた。
「ビビ!どうしたの?何か見える?」
「おねえちゃん………ううん。ここからは何も見えない」
「そっか」
「あ、あのね………えっと………その………」
ビビが何かを言いたそうに少しモジモジしているように見える。
考えようとして俯いたり、意を決したように顔をパッと上げては言葉が出てこなくて詰まったりしていた。
「いいよ。ゆっくり自分の中で整理できるように話してみたらいいんじゃないかな」
急がなくていいよと背中をさすってあげると、深呼吸をしてからポツリポツリとビビが話し始める。
「あのね、288号さんは、死ぬってことをボクがわかってるって言った………でもそれは、止まるってことと、死ぬってことが違うって思うだけで………本当は死ぬってことも、生きるってことも、よく………わからない」
やばい、イベントのひとり語りだ………と今更気付いたけれど、私には話していいとビビが判断したと思うことにした。
信頼されていると思うことにしよう。
(考え過ぎるのはよくない!なんてジタンのように言えたらいいのに………)
でもビビの思考を止めてはいけないと思ってしまう自分が嫌になる。そんな哲学的な疑問は誰しも答えが出なくて悩むのに、そこに“つくられた”ということがプラスされたら一生答えなんて出ないのではないかとさえ思えた。
「どこかからやって来て………どこかへ帰ってくようなもの………?もしそれが生きるってことなら………ボクは、どこから来たんだろう………?どこへ………行くんだろう……」
「………うん」
「なんだろう、体がふるえる………なんだろう、この………きもち………」
(私も一緒に悩んであげられればって思うのは自分勝手なのかな……)
ビビと別れて入り口の方まで戻って瓦礫を眺めていると、ダガーがこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。
目が合うとダガーは少し笑って私の隣に並ぶ。
「ツカサもここにいたのね」
「ええ、色々見て回ってるの」
「そう………」
そのまま何も言わずにボーッとしているダガーに何と声を掛けたらいいのか、私の隣でただ眺めるだけの時間でいいのかわからなかった。
しばらく無言の時間を過ごした後、ダガーが先に口を開いた。
「実はね、召喚士の村………むかし、本で目にしたことがあるの………召喚獣をあやつる力をもった一族………召喚獣………自分の中に召喚獣がいると聞いても何もうれしいことなんてなかった………」
思い出しているのだろう。
ダガーの表情から悲しみのような悔しさのようなものを感じる。
「召喚獣がいたからお母さまはわたしをとらえ、戦争のために利用しようとした………お母さまを惑わすために、クジャに利用される召喚獣ならいらない、と思ったこともある………」
「………………」
「なのに………それを奪われたとき自分の大切な何かを失った気がした………」
アレクサンドリア城での出来事が思い浮かぶ。ダガーを想って、誰よりもツラそうにしていたジタンの顔が頭から離れない。
「アレクサンドリア城ではもっと早く助けてあげられなくて………ごめん」
「ううん、そんなことないわ。リンドブルム城から出たのは私の判断だったもの。それなのにみんなが来てくれたことが嬉しかった」
あんなにも怖い思いをしたのに、やっぱりダガーは強い。
その強さや優しさに甘えてばかりではなく、私は少しでもみんなの支えになれているのかな。
「ねえ、ツカサ」
「うん?」
「召喚獣について、どう思う?」
「どうって………えっと、そうだなあ………ダガーの支えになったらいいなとは思ってるよ」
「………そう、そうよね」
「それにね、ダガーが正しいと思う道を進む中で力を借りたい!って思って呼ばれる召喚獣たちは嬉しいと思うよ」
「ありがとう、ツカサ。変なこと訊いてごめんなさい。
あ!そういえばツカサは見て回っている途中だったのよね?わたしはまだここにいるから」
質問の意味はわからないままだしダガーの求める答えを言えたような気はしないけれど、確かにまだ見て回っている途中だったので私はその場を後にした。
「どうしてかしら………ここに立っていると色んなことを考えてしまう。
この風、この景色………ツカサの隣に立ったら、今まで感じなかった不思議な感覚があった………心の中にあふれてくるようなこの思いは………なに?」
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