神前の儀





私たちは再びコデンヤ・パタに戻ってきた。
大きい建物が今は要塞のようにさえ見えてくる。


「この谷の向こうにその『聖地』があるんだな………」

「でも確か、2階の所の向こう側への道はドワーフの人が通してくれないみたいだったよ」

「右手の露天の方の道も双子のドワーフが見張ってて通れないアル」

「う〜ん………ひとまずはその通行止めの所に行ってみよう」


あんな騒動があったにも関わらず村の中は特に変わりない。
ドワーフは最初に来た時と同じ生活をしていた。


「あんなに村中走り回ったのに、もう普通の生活をしてるんだね」

「もしかして日常茶飯事なのかしら?」

「あー………そうかも」


そういえばエーコたちはよく来るというような話だったし、村中を走り回るという風景は見慣れているのだろう。
エーコたちは昨日はあれからどうしたのかと考えている間に目的の場所に到着していた。



「なあ、そこを通りたいんだけどさ………」

「だめだド!ここを通れるのは、『神前の儀』を受けた者だけだド!」

「なんだそのナンタラのギってのは………」

「神主様に会って聞くがいいド!」

「で、その神主ってのはどこにいるんだ?」

「どこにいるかは知らねード!」

「え、探すの?」


ため息をついたジタンを見る限りそれ以上ドワーフとは話すことができなかったのだろう。全員で手分けして神主様を探すことにした。


(まあ、どこにいるのかは知ってるんだけど………今の内にアイテムの買い出し行っておくか)


「ツカサどこ行くアル?」

「神主様探しながらアイテム揃えておこうかなって思って。お昼の時間帯だし………お店にいるかもしれないでしょ?」

「ワタシも食べたいアルよ」

「いや、私は食べないからね」


食べ物に目がないクイナはとても可愛いけれど、みんなが一生懸命探しているのに2人でご飯だなんて怒られてしまう。
またの機会にしようね、と約束して私たちは別れた。








「よし、アイテムOKっと。そろそろ向かおうかな」


神主様がいるであろう場所へ向かうと、見慣れた後ろ姿が歩いていた。
立派な服装のドワーフと話し込んでいるところを見ると、どうやらあの人が神主様らしい。小走りで近付くと見付けたというように彼はアイコンタクトを送ってきた。



「おいあんた………もしかして神主さんじゃないのか?」

「いかにも、ワシが神主の、天守りのカツミだド」

「なんでこんなとこをウロウロしてんだ?」

「むう………いろいろ神主は悩み事が多いのだド」

「へえ………まあいいや、それより、俺たちを村の向こうに通してくれよ」

「まあいいやって………(たまに思うけどジタンってメンタル強いよね)」


「それはできねえ相談だド………『神前の儀』を交わしたものたちだけが聖地に近づける………というのが里のオキテだド」

「いったいなんなんだ?その『神前の儀』ってのは?」

「ひとりの男とひとりの女が神に祝福され、夫婦になり、聖地をのぞむ巡礼の旅に出るためにとりおこなう聖なる儀式だド」


2人の話を何となく聞いているとダガーがこちらへ来る姿が見えたため、手を振って神主様が居たことを伝える。
そこからはジタンと神主様の会話を2人で聞いた。


「んー………と、要するに新婚旅行と、それに行くための結婚式ってことか?」

「お前の言ってることはよくわからんドも、多分そんな感じだド」

「じゃあその儀式を受ければこの村の先の聖地へ進めるってことじゃない。ね、ダガー!」

「お、ダガーも聞いてたのか?そういうワケなんだけどさ………どうする?結婚しちゃえば先に進めるけど………」

「人数が合わないわ」


今のメンバーでは確かに人数が合わない。
けれど私は手を挙げて大丈夫ということを伝えると、2人は目をパチクリさせていた。


「大丈夫ってどういうこと?」

「自分でどうにかするってことよ」

「お、おい!とりあえず目の前を通り掛かった奴とかと結婚なんてことは………!!」

「私のこと何だと思ってるわけ?」


何?どうして!?と質問の嵐が来そうだなと容易に想像が出来た私は、逃げるようにその場から立ち去ることにした。
ジタンがすぐに追い掛けてきそうになっていたが、「ダガーを頼んだわよ」と言えば追い掛けて来れなくなるところがとても彼らしい。


(大事なイベントだなって私は思ってたんだけど本人たちは結構あっさりしてたんだよね。
さて、エーコたちとどうやって………)








■ジタンside


神主様とやらの話を聞いていると、結婚のような儀式をしないと向こう側に渡れないとわかった。
人数が合わないとダガーは言ったけれど、可能なら俺はツカサとダガーとそれを受けようと思ったんだが………


(ツカサは大丈夫って言ってたけどどういうことだ?)


気になりながらも話がどんどん進んでいってしまったが、ダガーも結婚をここの村でだけという条件で了承してくれた。
嬉しいはずなのに喜べない。
ダガーの表情もあまり良いとは言えなかった。自分たちだけが越えられるのではないかと心配しているのだろう。


「ねえ、ジタン。本当はツカサとした方がいいのではないかしら」

「うん?ダガー、それはどういう意味だ?」

「だって………」
「この際かまわんド、100回記念『神前の儀』をとりおこなうド!」

「え?あ、おい!ちょっと待………!!」


呼び止める間もなく神主は小走りで行ってしまった。今すぐにでも始まってしまいそうな『神前の儀』に、俺は柄にもなく慌ててしまう。
それにダガーの言葉も気になるし、どうすればいいのか正直わからなかった。


「私、ツカサを呼んでくるわ」

「へ?」

「ツカサがやろうとしていたことを私がやるの」


(そうだ、さっきツカサは「ダガーを頼んだ」と俺に言ったんだ。
もしかして彼女が「大丈夫」と言った“何か”はダガーには不可能なのかもしれない………)


頼られているのかもしれないと思うと、ここでダガーが呼びに行くのは間違いなような気がしてくる。
俺はその場を立ち去ろうとしたダガーの手を思わず掴んだ。


「俺は、ツカサを信じようと思うんだ」


それからすぐに始まった儀式は特に何事もなく、無言で神主さんの言葉を聞き続けた。
横目でダガーを見ると、とても真剣な顔をしていた。


(結婚ってこんなだったか?)


一時のこととはいえ、もう少し幸せムードがあってもいいのに………と思っていると突然ダガーが口を開いた。


「ねえ、ジタン」

「ん?」

「私、ツカサにいつか返せるかしら」

「返す?」

「ツカサにできて私にできないことってたくさんあると思うの。今回のことだって。
だから、その………ありがとうって気持ちを」

「ああ、そうだな。
返せるさ、俺たちみんなもそうしたいって思ってる」


ビビだって、クイナだってきっとそう思っているに違いない。
いつか必ず、と笑って俺たちは約束をしたんだ。








■ツカサside


ジタンとダガーと別れてから、村の中で1番エーコたちに遭遇しやすい場所を探した。
実際に泥棒をしているところを見たわけではないため、どのお店なのかもしくはどこかの家なのかがわからなかったのだ。
とりあえず最後に2人を見たお店を目指そうと歩みを進めると、外から笛のような民族系の音楽と微かに声が聞こえる。


(もしかして儀式が始まったかな)


横の道を通り過ぎた時、中央のおみこし舟に立つジタンとダガーの微笑んだような表情が見える。モヤモヤした気持ちが私の中で生まれてくるような気がして、視線を反らしてしまいたかったがぐっと堪えた。
「2人には幸せになってもらいたい」それは私が心から願っていることだけれど、無意識に耐性をつけようとしている気さえした。


(どこまでも性格が悪いわ………)


その場を離れて目的の露店へ行くと、様々な商品がたくさん並んでいた。大陸を越えると陳列されているものが全然違う。
興味深い商品に目移りしつつも、私は“泥棒”についての聞き込みを始めた。


「どろぼーっ!」

「えっ?」

「モグ、早く!」

「クポ〜〜!」

「待つだド〜」


まさにその相手が自分の後ろを駆け抜けていく。あんな小さな体にどれ程の脚力があるのだろう。
丁度後ろから聞き覚えのある声がしたため振り向くと、みんなが儀式を終えて双子に挨拶をしに来たところだった。


「逃げられてしまったド………」

「この先には行けねえオキテだド………」

「この先って人が住んでんのか?」

「そんなハズはねえんだドも………」

「あのちっこいふたり組は何回か食べ物盗みに来てるだド」

「へえ………」

「次こそは捕まえて見せるド」


そう言って双子のドワーフは悔しそうに来た道を戻っていった。
2人はあれ?というような顔でこちらを見ている。
実際に私自身もあれ?となった。


「無事に越えられたね、見張り。まあ、ラッキー!ってことで。
ところでまさかとは思うけど、ビビとクイナも儀式してきたの?」

「う、うん………」

「そっか、じゃあ正当にここを通れるのね。
正当じゃないのは私と“泥棒さん”たちだけか〜」

「ワタシのいるとこで食べ物盗むとはいい度胸アルよ」


いつもより食べ物への執着を見せるクイナに苦笑いをしながら、この先の山道を眺めた。
舗装なんてされているわけがないこの山は自然のままの姿なのに、何故かとても険しくて大きく見える。


「大丈夫か、ツカサ?」

「あ、うん………山道って歩き慣れないから、多分気後れしちゃっただけだと思う。でも頑張るよ」

「平らじゃないから戦うのも難しくなってくるさ。疲れたら遠慮なく言ってくれよな。
よし、それじゃあ先に進むとしようか!」








色んなことを見ないフリをして、

これでいいんだって自分自身に言い聞かせて、

色んなことに慣れた私は、

変わりかけている未来の軋む音さえも

いつかきっと知らないフリをするのだろう。





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