「同じ?」
「何となくだけど、似ている気がするんだ」
あの黒魔道士が何を言っているのか、俺には意味が全くわからなかった。その隣で困惑したツカサの表情。色々考えているけれど………動揺をしているような、言葉を探しているようなそんな顔。
その顔を見たくなくて、俺は思わず前に出た。
「ここにいたのか、ツカサ。
そろそろ宿屋で休もうかと思って呼びに来たのさ。疲れただろ?」
「ジタン!………あ、えっと」
「いや、やっぱり勘違いだったみたいだ。もしかしたら君は違うのかもしれない。気にしないでほしい」
彼女は一瞬だけ黒魔道士に視線を向けたが、話すことはなかった。
こちらを振り向いた彼女は笑顔で頷く。
「ええ、わかったわ。
呼びに来てくれてありがとう、ジタン。先に行ってるね」
手をひらひらと振ると、彼女も手を振り返して村の中を歩いていった。
俺は残った黒魔道士に向き直る。
「あの人の名前は?」
「え?ああ、ツカサっていうんだ」
質問に答えると、相手はうんうんと頷くだけだった。
それ以上何かを訊くつもりでは無さそうだったから、今度はこちらから質問をする。
「なあ、いったいなんでここにいる奴らは普通にしゃべれるんだ?」
「目覚めたんだ、突然ある時………それぞれきっかけは違うけど………」
「目覚めたってどんなふうに?」
「君は生まれた時のことを覚えているかい?」
「いいや、覚えてないけど………」
「同じことだよ、気がついたら、目が覚めていた………
ただ、僕の場合は目が覚めた時、横たわった人の姿があった………その人は血まみれだったよ。
そのことの意味はその場で理解できず、ただ体が震えた………
怖くなった………その場から思いきり走って逃げ出して、そして気が付くと戦場を離れていた………
周りには同じような仲間がたくさんいて、それで決めたんだ。みんなで逃げようって………
旅をするうちいろいろ情報を集めて、この場所に目覚めた仲間が集まってる事を知ったんだ」
「そうだったのか………」
「最近、動かなくなる仲間が増えた………早くに作られた仲間から動かなくなっていく………やっぱり、僕らの動ける時間はあらかじめ………」
宿屋に戻るとビビが1人遠くを眺めるように立っているだけでツカサの姿はない。
声を掛けようとすると外から足音が聞こえ、ダガーとクイナが飛び込んできた。
「マッタク………おなかへったアルよ。この村の人たち、ロクなもの食べてないアル」
「あ、ビビ、戻ってたのね………どこに行ってたの?なんだかとても………」
仲間のことを気にするダガーが次に何て言うのかなんて想像が出来たし、何を訊きたいのかはわかっていたから俺は食い気味に答える。
「つかれちまったんだよな、ビビ!」
「う、うん………」
「そうね、新しい所に来て、歩き通しだったものね………今日はもう休んだほうがいいわ」
「ワタシ、森まで行って食べ物探して来るアルよ」
「ツカサがいないけれど、ジタンはどうするの?」
「ツカサを探してくるよ」
「………そう」
休むようにみんなを促すと、ダガーが「私も一緒に行こうか?」と言ってくれる。でもツカサがどこにいるのかがわかるような気がして、俺はその申し出を断った。
(きっとツカサは………)
彼女はあの黒魔道士に会いに来るだろう。
そう考えた俺は宿屋を出て、真っ直ぐその場所を目指して歩き出した。
目的地に着くとやはり考えていた通り、彼女は黒魔道士と話をしていた。
見た限り和やかな雰囲気ではなく、少し緊張感が漂っている。
「私と同じなら………1つ訊きたいことがあるの」
「なんだい?」
「“金色の光”に心当たりはない?」
「きんいろ………?」
(金色の光………?初めて聞くぞ??)
う〜ん?と考え込む黒魔道士は記憶を辿っているように考え込んだ。しかし心当たりはないよと首を横に振ると、ツカサは悲しそうに微笑んだ。
「その“金色の光”というのは?」
「………手掛かり、かな。私の記憶の深い、深いところに刻まれているような気がするの」
“金色の光”
本当はここでずっと聞き耳を立てていれば、俺の知らない彼女を知ることが出来たのかもしれない。
それなのに何故か俺の足は、音を立てないように来た道を戻り始めた。
自分の記憶と少し重なる気がして。
気持ちがわかるような気がして。
(………これじゃ、ただの盗み聞きだな)
すっかり陽も落ちて夜空に月が見える頃。
小さく物音がして目を開くと、ビビが宿を出て行く後ろ姿があった。
「ねえ、ジタン………ビビが出ていっちゃって………」
「………そんなに心配しなくてもいいさ」
「でも………」
「あいつにだって………あいつなりの考えがあるのさ。
考えてもみろよ………今まで一度だって、自分と同じような、それでいてまともに話せるような仲間にビビは、会ったことがないんだぞ?」
「そう………
でももし………そんな仲間にひどいことを言われたり、いじめられたりしたら?」
「そんなことを気にして仲間をつくる奴があるか?
そんなことを気にしてる奴を仲間と呼べるか?」
「………………」
「それに、もしかしたら………あいつも見つけられるかもしれないし………」
「見つける?………何を?」
「………いつか帰るところだよ」
「いつか帰る………ところ?」
「そう………いつか帰るところ………」
「ねえ………ジタン、その、いつか帰るところって………」
長くなるのはわかっていたけれど、変なところで頑固なダガーは引き下がらない。
続きが気になったダガーに、俺は昔の話をすることにした。
1人の男が故郷を知らないことということ。
その手掛かりが“青い光”だけということ。
「………結局さ、見つからなかったんだよ、そりゃそうさ、手掛かりなんて、光の色だけなんだから。それで男は戻ったのさ、育ての親の元へ………
そうしたらさ、その育ての親、どうしたと思う?」
「やさしく………迎えてくれた?」
「まさか!
その男の育ての親は、拳ふりあげてなぐったんだ、その男のことを………」
「どうして?」
「さあな……….でももっとビックリしたのはその後さ。
その育ての親は、なぐり終わった後………ニカッと笑ったんだ。信じられるか?その男をなぐった後にだぞ?………でもな、その男はなぜか、その笑顔を見て思ったんだよ。ああここが俺の『いつか帰るところ』だ………って。
今でもその男は故郷を探している。でもその男には『いつか帰るところ』がある。だから………
ビビもおなじさ………『いつか帰るところ』を見つけようとしている」
「ビビは………この村に残るのかしら?」
「さあな………それはビビが決めることさ」
「そうよね………ねえ、ジタン。この話はツカサに話したの?」
「ツカサに?」
ツカサの名前が出た瞬間、俺はさっきの話を思い出した。
昼間に村の墓場で、彼女は俺にも話していない“金色の光”のこと。もしかしたら彼女も探しているのかもしれない。
俺と同じ『いつか帰るところ』を。
でも何となく話してはいけないような気がして、ダガーには「していない」とだけ答えた。
その夜、俺は久しぶりに夢を見た。
どこなのかも知らない、広い広い大地の上。
目の前には俺と真剣な顔をしたツカサがいる。
「行くなよ、ツカサ」
「私にとってこの世界は夢の中なの、って話したの覚えてる?もう、目を覚まさなきゃ」
「夢の中なんかじゃない!
俺たちの旅を夢なんかで終わらせるなよ!!」
「………っ!!」
ハァハァ、と荒い呼吸で目が覚めると、昨日寝た時と変わらない天井が見えた。
今の夢は何だったのか。
それなのに何故こんなにも胸が苦しいのかわからない。
ふと、何かが頬を伝う感覚に気付いた。
(………何の夢かもわからないのにどうして俺は泣いてるんだ?)
どんな内容なのか思い出しても思い出しても、出てくるのはあの苦手な彼女の真剣な眼差しと必死になって何かを訴えかけている自分の姿。
「ツカサ………」
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