ラリホッ!





外側の大陸に出た私たちは、しばらく何も言わずに辺りを見渡した。
空の青さ、生い茂った木々の緑、陽の当たる土の豊かさ。
“霧”に覆われた大地とは違う空気感。
初めて見る世界に誰も言葉が出ないのだと思うけれど、私からしてみれば“霧”の無い世界の方が馴染みがある。


「目指すところは………あれね」


“霧”の無い空気を大きく吸い込み、これから向かう場所を見上げる。
山と丘を繋ぐように造られた大きな建物を目指して私たちは歩き出した。





山吹く里  コデンヤ・パタ





「こんな所まで来たけど、全然“霧”が出てないんだね………」

「でも世界がクリアに見えるからいいね」

「それに………何だか変わった形の………村なのか、これ?」

「神殿かなにかのようにも見えるけど………」

「こんな石橋の上に、さらに石を積み上げて建物を造るだなんて。きっと素晴らしい建築士がいるに違いないわ」

「建物もおいしそうな形アルからきっとおいしいものだらけアルよ」

「確かに!大陸が違えば食生活は全く違うかもしれないし―――って、もう行っちゃった」


私が言い切る前にクイナは走っていってしまった。
彼女の食べ物に目がないところがとても可愛い。そんな後ろ姿を眺めていると、呆れたような声が後ろから聞こえた。


「まったく………あいつの頭の中にゃ、食い物のことしかないのかね………」


その台詞に思わずダガーと目を合わせる。
ダガーに駆け寄り、くるりと後ろを向いて嫌味を1つ言ってやった。


「ま、ジタンは女の子のことしか頭にないけどね」

「ええ、ツカサの言う通りよ」

「そう!この俺の頭の中は、君のことで………!」

「………………」
「………………」


ジタンに呆れたダガーは村へ向かって颯爽と歩いていく。
ビビは何か言おうとして………上手く言葉が出なくてやめてしまった。


「ねえ、ジタン。ダガーもビビも行っちゃったよ」

「はぁ………ツカサは何だかんだいつも最後まで側にいてくれるよな。
なるほど〜もしかして俺のこと………」

「好きよ」

「なっ!?」

「弟みたいで」


ガクッと肩を落としたところが可愛らしいけれど、そんなことを言えばきっとまた調子に乗ってしまう。
少し失礼かな?とも思ったけれど、彼の頭を少しだけ撫でてみた。


「………っ!!」

「あ、やっぱり嫌だったか。ごめんごめん」

「ち、ちがう!そうじゃなくて………俺のことを撫でる人ってほとんどいないから驚いただけさ。
何となく懐かしい気がしたんだ」

「ほとんどってことは、誰かいるの?」

「強いて言えば、タンタラスのボスくらいさ」


(え、え?どういうこと?撫でられて懐かしさを感じたけど、それが実は昔ボスにされていたことで??つまり………?)


撫でる
 ↓
懐かしい
 ↓
前はボス
 ↓
今それをしたのは私
 ↓
昔を思い出した
 ↓
つまり
 ↓
私はボスに似ている(←?)

ジタンの言ったことを整理をしてみたら、まさか性別を超えることになろうとは………タンタラスのボスが頼りになるいい人だということはわかっているが、私の手でボスを思い出すなんて心外でしかない。


「失礼だよ!手のサイズは標準だわ!!」

「お、おい!ツカサ!?」

「そういうとこがモテないよね!」


捨て台詞を残して村へ駆け出した。
デリカシーの無い男のことなんて知らない。

村の入り口まで来ると、他のメンバーが戸惑っている様子が見えた。ドワーフの挨拶を知らないのだろう。


「ラリホッ!」
「ラリホッ!」
「ラリホッ!」

「そんなにビビらなくて大丈夫。これは挨拶だよ。はい、ラリホッ!」

「ラリホは聖なるあいさつだド!」


辿々しくみんなも復唱すると、ドワーフたちは快く道を開けてくれた。


「ラリホ言うときは歯切れよく、片手をあげて………ラリホッだド!」

「じゃあもう1度、みんなでやりましょ。せーの………」


全員でもう1度正しくラリホッ!をして村へと足を踏み入れた。
情報を集めるために全員違う方向へ歩き出す。
私はまずお店を探すため、微かな記憶を頼りに村の中を進んだ。


(そういえばこの村って、結婚した夫婦しかこの先の山道を通れないけれどどうしたらいいんだろ。
ジタンとダガー
ビビとクイナ
そして私………)


嘘の結婚とはいえ、少し落ち着かない。


(そう、相手は私じゃないんだよ)





お店を見付けたものの、欲しい情報が得られなかった私は再び村の中を歩いていた。
階段を上がると外への出入り口のようで、何人かドワーフたちが難しい顔をして話し合っている姿が見える。


「いったいどうするドか………」

「最近食い物ドロボーが出てこまってるド」

「もっとちゃんと見張ってればドロボーもつかまえられるドか」

「でも、おらたちいつもここに立って見張ってるだド」


その様子を眺めていると、視界の端にお店のカウンターから頭が2つ見え隠れしているのに気付いた。
青っぽい髪に大きなリボン
猫のような白い耳とぽんぽん


(そうだ、エーコとモグーーー!!)


あの2人ならこの道も越えられる。
お店の人に気付かれないように2人に接触するため手招きをしようとした時、下の階が突然騒がしくなった。
2人に接触できるチャンスだったけれど、騒ぎの声が仲間のものだったから無視はできない。


「ま、待って!!」

「あ、ビビ!?」
「待てよ、ビビ!」


下の階に降りると、ビビより背が大きい黒魔道士が逃げていくところだった。
黒魔道士を追ったビビをジタンと一緒に追い掛ける。
途中で出会ったダガーとも合流し、村の入り口でビビを見付けた。


「ビビ、さっきの黒魔道士は?」

「村の外に逃げて行っちゃった………」

「そうか………一体どこからやって来たんだ?まさかブラネ女王の軍が………」

「おまえたち、クロマ族たちと知り合いドか?」

「え?クロマ族!?」

「そうだド、クロマ族たちはよく南東の森から、物を交換しに来るド。
南東の森は、崖をぐる〜っと周り道して、東の方に行ってから入らねばなんねド。
聞いた話によると『ふくろうの住む森のふくろうも住まぬほど奥深く』らしいド」

「どういうことだ………?」

「ねえ、ジタン、ボク、その南東の森に………」


ジタンの視線が一瞬こちらに向く。心配しなくてもみんな同じ意見だ。
私は黙って頷く。


「よし、南東の森に向かおう」


ビビと手を繋いで歩き出す。
恐れることはない。
私は誰よりもみんなの未来を信じているのだから。





back/save