旅立ち





■ツカサside




「シド大公、助けて頂きありがとうございました。こちらに戻った際は、ぜひご挨拶に伺います」


城の地下に集まると、大公は大事な国宝の地図をジタンに渡す。
私はまだ人の姿をしていない大公に頭を下げると、笑って「構わぬ。無事に帰って来いブリ」と言われた。


(でも次にこの地を踏む時は、きっとみんな明るい気持ちじゃない。もう何人もの“死”を無視しているのに、この先も………でも変えないって決めた。変わらない未来をつくらなきゃ)


私の旅はまだ続く。
アレクサンダーとラムウの言っていたことを知らなければいけない。クジャが私に接触してくる以上、未来が変わる可能性がある。
私がいるせいで変わってしまうなら、早くこの夢から覚めなくてはいけない。

こんなにいろんなことがあったのに、みんなには何て打ち明ければいいのだろうか。いっそ、このまま何も言わずに消えてしまえたらどんなに楽なのか………なんてことを思ってしまう。

幻とはいえ、1度元の世界へ帰って気付いた。

みんなの仲間になりたいと心から願った。

それなのに上手くいかなくて、どうしようもなくなって………逃げ道を探している自分の心の弱さに苦しめられる。


(みんなは優しいから、頼れって言うんだろうな)


「ツカサ殿」


はぁ、と大きな溜め息をつく。
それと同時に呼ばれたと思ったら、足元でブリブリっと音を立ててすぐ近くに大公が立っていた。
揺らぐことない瞳の中に私が映っている。


「迷うなとは言わん、悩むなとも言わん。仲間を信じるブリ」

「え?」

「ジタンはお主を姫より気にしているし、姫は不安を抱えていながらお主を心配してるブリ。
あの小さなビビ殿でさえ、何となく気付いているブリよ」


横にずらした視線を追うとみんながこちらを気にしているようで、大公は微笑むとジタンとダガーのところへ戻っていった。
するとトットットッ………とビビが入れ替わりでこちらへ近付いてくる。


「あの、お姉ちゃん」

「?」

「あ、あのね、上手く言えないけど………ボクはまだお姉ちゃんと一緒にいたいんだ」

「うん」

「だからね、えっと………一緒に来てくれて、ありがとう」


恥ずかしそうに帽子を被り直すビビが一生懸命言葉を伝えてくれる。


「(ありがとう、か………)こちらこそありがとう、ビビ」


そう言うとビビはまた帽子を被り直して、嬉しそうに走っていった。

みんな模索しながら自分の道を探している。
傷ついても、言葉にならない悲しさが襲ってきても、必ず立ち向かっていく。
何もわからず明確な目的すら決まっていないのはこの世界の片隅に現れた私だけのような気がして………胸がぎゅっとした。









地竜の門を出てク族の沼の方角を確認すると、沼は見えないものの何となく丸い森が見える。


「ねえ、あれチョコボの森じゃない?行こうよ」

「え?」


みんなが私の言葉に振り返り、ダガーが驚いた表情でこちらを見ていた。


「寄り道している場合じゃないのはわかっているけど、必ず役に立つから。いいよね、ジタン?」

「ああ、そうだな。ツカサがそう言うなら」


(………?)


すんなり意見が通ったけれど、少し引っ掛かりを感じる。
森に向かって再び歩き始めるとジタンが自然に私の隣を歩き始めた。


「先頭歩かなくていいの?後衛の2人に前を歩かせるのは………何か言いたそうね」

「いや、そうじゃないんだけど……ダガーがさ」

「ダガー?」


城でのこと、と小さな声で教えてくれる。
外側の大陸に私を連れて行くのを反対したことを、言い過ぎてしまったと後悔しているらしい。
もちろんわかっているつもりだ。あれがダガーの優しさということくらい。


「わかってるよ、ダガーは………優しすぎるもの。
ねえ、ジタンも本当は私が外側に行くのは反対?」


そう訊くと彼は悲しそうな笑顔で首を横に振る。
どうしてそんな下手な嘘をつくのかわからなかったけれど、私はその笑顔から目を逸らした。


(溝が深まる一方………いや、その溝を作ってるのは私か)


思わず大きく溜め息をつくと、視界の端で揺れる金色がチラチラ見える。
横目でそれを追えば、隣を歩くジタンと目が合った。


「ねえ、訊いてもいい?」

「ん?ああ、いいぜ」

「自分勝手な私のこと、キライになった?」

「まさか」


すぐに答えてくれた彼の表情はとても真っ直ぐで、気を使ってくれたのかもしれないし条件反射だったのかもしれないけれど今の私にはそういう単純な言葉が何より嬉しい。


「ありがと」

「ツカサは色々うるさく言ってくる俺をキライになったかい?」

「まさか」


だから早く先頭歩いて!と笑えば、彼も少し笑って誰よりも前を歩いた。


(………ジタンにそこまで言わせてる自分が嫌いだわ)


前を歩く3人の背を見つめる。
見た目も、性別も、地位も、種族も、全然違うけれど、彼らは肩を並べて歩いている。
だからこそ支えあっているのだと、みんながそれを教えてくれている。

でもそこに私はいるのだろうか。





ああ………今わかった。





思っていた以上に、私たちの溝は深いのかもしれない。





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