それだけでよかったのに。





規則正しい揺れに段々と意識がハッキリしてくる。
まだ重たい瞼を少しだけ開けると、目の前を揺れる金色と見慣れた青い服が目に入った。
青は青でも私の服とは違う青色。


(あれ………?私、どうしたんだっけ?
………って、ジタンの背中!?)


驚いて状態を起こすと、落とさないようにと彼の腕に力が籠る。
まさか本当に来てくれるとは思っていなかった。
彼にまず何か言わなければと思うものの、言葉が浮かばなくて少し焦ってしまう。


(まず何から言えばいいの?ありがとう?ゴメン?どうしてここがわかったの、あれからどうなったの、とか?
何かどれも違う気がする………)


「ツカサ?大丈夫か?」

「え………あ、うん。もう大丈夫。自分で歩くよ」

「だとよ、おっさん」


(おっさん?)


背から下りて彼が“おっさん”と話し掛けた方向を見ると、少し高い視線の先にいたのは召喚獣のラムウだった。
何故ダガーもいないのに、ラムウがジタンと共にいるのだろう。疑問しかなかったけれど、私は初めて会った時のように軽く会釈をした。


「お前の声に応えるよう、全召喚獣に伝えられた」

「どういうこと?」

「不測の事態に備えるため」

「私は召喚士じゃないわ」

「だからこそお前の祈りは届くのだ」

「?」


話が噛み合っているのか噛み合っていないのかわからないまま、ラムウは消えた。
どうしたのかとジタンに尋ねたが、ただ歩いていただけで会話は何もなかったという。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「ねえ、どうして何も訊かないの」

「訊いてほしいのか?」

「………………」

「そんなに訊いてほしくなさそうな顔をしているのに無理はしないほうがいいさ。って言っても納得、しないんだろ?
そうだな………じゃあ、1つだけ答えてくれないか」


“1つだけ”
その1つが彼にとってどれだけ重要なことなのか、私がいつまで黙っていられるのか………決まってしまうような気がした。


「………俺はツカサを信じていいんだよな?」


言葉がズシッと全身にのし掛かるような感覚。
彼の“信じたい”と、私が思っている“信じてほしい”ことは同じなのだろうか。
彼は私の何を信じたいのだろうか。
私は彼に何を信じてもらいたいんだろうか。

何1つ話せない私はこの質問に答えることができない。


「ジタンの言う“信じる”って、何?
同じパーティにいること?嘘をつかないこと?何もかも話すこと?
もしそうだとするなら、私はジタンにとって信頼するに値する人間じゃない」

「ツカサ、俺はそんなこと………!!」

「わかってる!
ジタンが訊きたいのはそういうことじゃないってことくらいわかってる!!」


どこまでも私はズルい。
物語が変わらないか仲間として見張っていたくせに、いざとなったら何も言わずに去ろうとしている。
でもジタンには愛する人や守るべき人を自分の意思として最後まで守ってもらわなくてはいけないのだから………なんて思うのは、結局臆病な自分を正当化しているだけなんだと思う。


「じゃあ、約束してほしい」

「約束?」


彼は私の手を優しくとって、静かにそう言った。
いつこの世界から消えるのか、帰れるのかすらわからない私が守れない約束なんてできるはずがない。
それなのに優しいこの手を離せないのは、私にとって彼もみんなもガイアも心から好きだからなんだと思う。


「助けてほしい時は迷わず助けてって言ってくれ」

「え?」

「どんな小さなことでもいい。
重い荷物が持てないだとか、行きたい場所があるとか。あとは………ナンパしてくる男がいるとか」

「ふふふっ。それジタンじゃない」

「いや、違うって!」


私が笑えば彼も笑う。
それだけでよかったのに。それ以上でもそれ以下でもなければよかったのに。
彼は私が無意識に作った壁を易々と越えようとする。


「話せないことは話さなくていい。全て1人で抱えなくていい。ツカサが呼ぶなら俺は必ず助けに行く。
だから………黙って俺の目の前から消えるのだけはもうやめてくれ」

「………っ」


ありがとうもゴメンも言えない私は彼の優しさのせいなのか、自分の不甲斐なさのせいなのかわからないまま静かに涙を流した。


「今の私が、その優しさに応えられるかわからない。
でも私はみんなと向き合うべきなんだろうし、もしかしたらクジャとも向き合わなくてはいけないかもしれない。
その後はきっと、きっと………世界と向き合わなければいけない日が来るような気がするの。


だからね、ジタン。もしその日が訪れたら………」











「どうか私を信じないでください」












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