降伏のリンドブルム





私たちがリンドブルに着いた頃にはもう降伏した後で、街は想像していた以上の壊滅状態。
寧ろあの攻撃、爆発、黒魔道士たちの侵略でよくここまで残ったなと思うくらいだった。


(もう、ジタンに案内してもらった活気溢れる美しいリンドブルムじゃないんだね………)


この景色を見ると胸が苦しい。
痛い。
冷たい。
熱い。
今までに味わったことの無い悔しさに似た感情を私はどうしたらいいのだろう。
ダガーは何も言えずにリンドブルムを見て崩れ落ちた。


「静かだな………」

「なんてひどいことを………お母さま………
リンドブルムにまで手を出すなんて………」

「気は抜かないでね、まだアレクサンドリア兵はいるはずだから。
ビビはこの辺に隠れて待っていた方がいいよね」

「えっ!怖いよ、ボクそんなのイヤだよ!」

「ここにはアレクサンドリア兵がいるんだよ?私たちはビビと黒魔道士の区別はつくけど、知らない人はビビを傷つけるかもしれない。特にリンドブルムの人たちは今冷静じゃないんだもの。

1人で待てなんて言わないわ。私も一緒にいるから、ね?」

「………うん………」

「そんなにビビるなよ、すぐ戻ってくるからさ」

「ごめん、待っててね、ビビ。ツカサよろしくね」


私とビビは門の影に隠れながら、歩く2人の背中を見送った。
今からできるだけ静かに隠れなければならない。
ビビが嫌な思いをする前に早く2人が戻ってくることを祈るばかりだった。









「ビビ、大丈夫?」

「………うん」

悲しそうに俯くビビの背中を撫でると少しだけこちらを向いた。


「お姉ちゃん、ボク………」

「うん?」

「おい、あそこにもいたぞー!!!」


「「!?」」


ビビが何か言いかけたその時、突然大きな声と複数の足音が鳴り響いた。
まさかと思い、後ろから聞こえてきた声に振り向くと門の中から走ってくる人々が見えた。
リンドブルムの街の人々。ゲームでは入り口付近にいた彼らがまさかここまで来るとは思わなかった。


「待ってください!ここにいる黒魔道士は街を襲った者たちとは違います!!」

「何が違うと言うんじゃ!違うというなら他の黒魔道士たちにも、自分等のしたことをあいつらにも理解させてくれ!これでは、あんまりじゃ………あんまりすぎる!

どうせお前もアレクサンドリアの人間だろう。先に黒魔道士は2度と動けんように、息の根を止めるのじゃ!」


“理解させる”
言うだけならどんなに簡単なのだろう。その言葉はきっと私が考えているより遥かに難しい。


「腹ケ?それとも頭にするケ?どっちをつぶせばいいッケ!?」

「………最悪な展開だわ。
ビビ、自分も街の人も怪我をしないように逃げ回れる?
スリプル………は唱える暇ないか」

「う、うん………」

「じゃあ転ばないように逃げてね!この騒ぎを聞き付けてリンドブルム兵が来るはずよ。
それまでの間、できるだけ全員無傷で乗り切ろう!」













「おい、まだ動いている黒魔道士兵と怪しい女がいたぞー!気をつけろよ、黒魔法を使うかもしれんぞ!」

「ちょっと!自分らがどれだけ失礼なことしてるかわかってんの!?はーなーせー!!!」

「あ〜?なんだ?こいつ他のやつより小さいな!?」

「痛いよ、放してよ、ボクは違うんだって………」

「え〜い、どっちもだまらんか!どこから見ても黒魔道士ではないか!女、お前はアレクサンドリアの人間なのだろう!?」


あれから私たちは本当にリンドブルム兵に保護されたとはいえ、あまりに雑な扱いを受けた。
関係者しか通れないような道を無理矢理腕を引かれて連れてこられた先には、開放感溢れるテラスのようなところだった。
目の前には立派な椅子から顔を覗かせるブリ虫姿のシド大公と、先程別れたジタンとダガーが見えてホッとする。


(リンドブルム兵も人間だから、この扱いは当たり前と言えば当たり前なんだけどね………)


そして兵に放り投げられたビビは転び、私は腕を引っ張られたまま背中を強く叩かれた。


「いった………!!」

「住民とトラブルを起こしていた黒魔道士と女を保護しました!」

「これのどこが保護なのよ!」
「違うのにぃ………」

「どうしましょう?アレクサンドリアに引渡しますか?」

「シドおじさま………」


ダガーが不安そうな顔でシド大公を見る。
シド大公はこちらをじっと見て一呼吸置いてから口を開いた。


「下がってよい、ビビ殿は黒魔道士兵ではない。
黒魔道士の格好をしているが………それは敵をあざむくため、味方である。もちろんツカサ殿も敵ではない」

「そ、そうでありましたか。これは大変失礼しましたぁ!」

「………………」


俯くビビに近付いて服の裾を払ってあげる。こういう時、何て声を掛けてあげたらいいのかわからない。私が何を言おうと、きっとそれは気休めにしかならないだろう。
自分の服の裾もついでに払ってから前を向くとジタンと目が合った。こちらに近付いてきて小さな声で「大丈夫か?」と言うので静かに頷く。

初めは気付かなかったけれど、シド大公はすごい。ジタンもダガーも名前を呼ばなかったのに、黒魔道士兵と間違えることなく私たちの名前を覚えていたのだから。


「ブラネ女王に関する情報は召喚獣だけではないブリ。

この一連の戦争の裏にクジャと名乗る謎の武器商人が絡んでいるブリ。
クジャは高度な魔法技術を用いた装置や兵器をブラネに供給しているブリ」

「お母さまに………」

「うむ、黒魔道士兵もそのひとつブリ」

「トレノでクジャを見かけたという者の話によればクジャは北の空より銀色の竜に乗って現れるそうです」


どんどん進んでいく話に耳を傾ける。
クジャの名前が出てきて少しドキッとした。あれ以来会っていないけれど、クジャは一体何のために接触してきたのだろう。


「そういえばクジャって武器商人だったんだっけ………」


思わず呟くように言ってしまったが、みんな各々考え込んでいて私の言葉なんか聞こえていなかったようだ。





――――――ツカサ






「え?」

「どうしたんだ、ツカサ?」


突然の呼び掛けに振り向くと誰もいない。ジタンが心配そうに顔を覗く。
何でもないよ、というように微笑むとジタンも笑顔で私の肩をポンポンと叩いた。


「北の空ということからクジャの根城は『外側の大陸』にあると思われます」


ジタンもまた話し合いに集中したところを確認して、何かに引き寄せられるように静かにテラスの先まで歩み寄った。
広大なリンドブルム領が見える中、視線より少し下を鷲のようなものが飛んでいる。しかし鷲にしては色がとても白い。


(………何あれ。鳥?モンスター?)


恐らくかなり遠いところを飛んでいるようなのに、姿形がハッキリしているように見える。


(あれは………まさか銀竜!?)


「じゃあ、クジャを倒しちまえば!」
「きっとクジャさえいなくなれば………」


2人の声にハッとして振り向こうとすると、遠くを飛んでいた銀竜がまるで合図かのようにキラリと光った。





――――――ツカサ、街の外で待っているよ





また声が響く。
この声がクジャだと気付いた瞬間、悪寒に似た寒気がした。クジャが呼んでいる………私を。


「なあ、ダガー。さっきも言ったろ?あいつらなら大丈夫だって。
ブルメシアの竜騎士とアレクサンドリアの女将軍とあのおっさんが一緒なんだ、向かうところ敵なしさ!」

「それにダガーひとりじゃない、みんなもついてるぜ!」

「わたし、クジャを探します」

「ボクも行ってみたい………この大陸には、もういられないから………」

「………………」

「ツカサ?さっきからどうしたんだ?」

「へ?あ、ああ………何でもないの。もちろん私もみんなと行くよ」









何故クジャが私を呼ぶのか、何故私がここにいるのか………わからないことだらけだけれど、きっとみんなと旅をしていればわかるような気がして。









わからないことをわからないままにするような私にだけはなりたくなかった。



ただそれだけのこと。









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