ピナックルロックス





大地の裂け目 ピナックルロックス





美しい緑に囲まれた滝のすぐ近くで私は目を覚ました。
いつのまにか夜になっていたようで、仰向けになっていた私の目に無数の星々が飛び込んでくる。
色んなことがあった直後だけれど、不謹慎にもガイアの夜空はこんなにも美しいのかとこの時初めて知った。


「あっ、みんなは………!?」


飛び起きて後ろを向けば、水の音が聞こえる。
近くにダガーとビビが横たわっていてホッとした。
上を見れば遠くの壁に大きな穴がぽっかり空いている。あの距離から私たちは飛ばされたのかと思うとゾッとした。


「この距離飛んで、よく滝に落ちなかったな〜………」


立ち上がろうとすると自分の腰に絡み付いているものに気付いた。逞しい腕。
私が誰より先に目が覚めたのは、ジタンがまた守って下敷きになってくれたからだとわかる。


「守る相手が違うよ、ジタン………」


ポツリと呟いてその美しい金色をさらりと撫でた。
夢に見た金色に今ようやく手が届いているのに、私は素直に喜べない。

みんなが目覚めたらきっと訊かれるんだと思う。

リンドブルムで別れてからどこにいたのか、どうして空から落ちてきたのか、そしてどうして誰も知らないようなアレクサンドリア城の内部まで知っていたのか………


どこまで答えていいのかわからない。
私が本当のことを話してしまったことで物語が変わってしまうのかと思うと怖くなった。これから亡くなってしまう人も数えきれないほどいるのに、知ってました………だなんて。
もう、これはただの夢ではないのだ。

ダリでのこともビビは………

ブラネがこうなることもスタイナーは………

ブルメシアのこともフライヤは………

城に捕まっていたダガーが何をされていたのか知っていたなんて言ったら、ジタンとダガーは私を許してくれるのだろうか。


それなら寧ろ全部話してしまって運命を変える方が気持ちは楽なのかもしれない。きっとジタンたちならわかってくれるはず。






わかってくれる………?






この世界がゲームなんかじゃないと自分の肌で感じてた。きっと夢じゃないって心のどこかで本当は気付いてた。
でもそれを認められなかったのは………


(私が本当に恐れていたのは知らない未来なんかじゃなくて………

“私の知らないみんな”だったのかな)


流れは原作通りに進んでいる。
でも私がいることで原作にはなかった思考や感情があるとしたら、私のことを必ずしも受け入れられるとは限らない。
大丈夫だって言ってくれるみんながそこにいないかもしれないのだから。


「もうどうすればいいかわかんないや………

ねえ、ジタン………こんなんでも私を仲間って言える………?」


またその美しい金髪をさらっと撫でる。
小さく呟いた言葉は誰に届くわけでもなく、夜の闇に溶けていった。












「………うっ、ううん………いててて………ツカサ………?」

「!」


どれくらい時間が経ったかわからないが、腰に絡み付く腕が突然ピクリと動いた。
横向きになっていたジタンは体を捻って仰向けになる。下を向くとバチッと視線が合った。


「大丈夫?また私が下敷きにしちゃったね」

「いや、いいさ。こうしてツカサを堪能できるいい機会じゃないか」


堪能?何が?と思っていたら下を指差された。
なるほど、そういう意味ね。


「………太股フェチか」

「男にはない感触だからな」


じっと冷たい視線を向ければ、手を大きく振って冗談だと言う。
そしてどちらともなく笑った。


「何か久しぶりに笑ったような感覚だね」

「実際リンドブルムで別れてから何日も経ってるからな。俺は必死になってて笑う余裕なんかなかったぜ」

「(何日も………?)う、うん。私も」


立ち上がったジタンは大きく伸びをする。そして近くから枝を拾ってきて、素早く焚き火の準備をしてくれた。
私はそれに魔法で火をつけ、ダガーとビビを火の近くに寝かせる。


「ありがとう」

「なあ、少し話さないか」

「………うん、いいよ」


火が安定したのを確認して、ジタンは私の右隣に座った。
聞きたいことなら今が絶好のチャンス。訊かれる………そう思うと少し緊張した。

パチパチ燃える火を見ながらジタンの言葉を待つ。


「………………」

「………………」


けれど待っても待ってもジタンは何も言わない。
不思議に思って隣を向くと、吸い込まれそうなほど真っ直ぐな目で見つめられていた。


「どうしたの?話すんじゃなかったの?」

「………わからないんだ」

「わからない?」

「訊きたいことなんてたくさんあるんだ。
でも本当に訊いていいのか………訊いたことでツカサが傷つくんじゃないかって」

「そっか………やっぱりジタンは優しいね」

「やっぱり?
なあ、俺たちどこかで………」

「会ったことないよ」

「………そうか」

「………………」

「………………」


そしてまた沈黙が流れる。
私はそれに堪えられなくてポケットからリボンを取り出し、髪を束ね始めた。
こちらを見ていたジタンが私の後ろに来て、束ねている私の手にそっと触れる。


「やっていいか?」

「え?………うん」


手袋を外して慣れた手つきで髪が束ねられる。手袋をしていない手を初めて見た。
後ろ髪を撫でられるその手が気持ちよかった。何だか心が落ち着いてしまう。


「ジタン」

「ん?」

「………ジタンの知りたいことはまだ答えられない」

「俺が何を訊きたいかわかってるんだな。
答えたくない、じゃなくて答えられないのか?」

「うん。私に度胸がなくて」

「度胸?」

「でも………隠してるわけじゃないから。
ジタンが私を傷つけるんじゃないかって思うのと同じように、私もみんなを傷つけるのが怖い」


こんなの答えなんかじゃない。でも別世界から来ましたなんて言えるはずない。
私の知らないみんなを………ジタンを、知ってしまう覚悟が私にはまだなかった。


「仲間なんだから気を使ってほしくない………いや、違うか。
仲間だからこそ気を使うんだ、ツカサは」

「買い被りすぎだよ。
それに、私はそんな気を使える人間じゃない。情けないことに、みんなを傷つけるのを恐れると同時に自分が傷つくのを怖がってる」


苦笑いのような微妙な笑顔になってしまったけれど、つい乾いた笑い声が出る。
どうしてだろう。ジタンの前では上手く作り笑いができない。


「俺はそれでもツカサを信じてるよ」

「え?」

「事情とか過去なんか知らなくても、信じているから胸を張って仲間だって言えるんだ。
俺はツカサを信じたい!

だから、そんな悲しい顔はやめよう。俺たち“仲間”だろ?」


その言葉はまるで魔法のように全身に染み渡っていく。
信じたい………か。


「………そっか、そうだよね。私だって仲間だって心から思いたい。
ジタン………全部は言えないけれど、少しだけ私の話聞いてくれる?」

「ツカサ………ああ、もちろんさ!」


眩しいくらい輝いている笑顔でジタンは私を見てくれる。
守りたいと思っていたこの笑顔に守られているのはきっと私なんだろうなって思う。


(だからこそ、なんて自分を正当化するだけかもしれないけれど………
私は少しだけジタンに嘘をつこうと思います)


「ブランクを助けることを目的として私たちは旅を始めたわ。でも本当は知ってたの、助かること」

「石化を治す針の話を聞いたんだろ?」


迷っている以上、何も話さないことが1番なのかもしれない。でもそれでは今までと変わらない。
私は本当の仲間になりたいって思った。
そう願ってしまった。



願わくばこの小さな嘘が、最後までガイアの夜空の小さな星の1つ程度でありますように。










「私にとって、このガイアという世界は………夢の中なの」










back/save