私たちを包んだ虹色の球体のお陰で、すぐにアレクサンドリア城に着くことができた。
城が騒がしい。顔を上げると驚いた顔のスタイナーが目の前にいた。
「き、貴様!な、な、なぜ、このような場所にいるのだ!?」
「スタイナーのおっさん!ここはアレクサンドリアなのか?」
「うぬぬぬ、いまは貴様の質問に答えている時間はないのである!
自分は一刻も早くこのアレクサンドリアの地下牢から抜け出し姫さまをお助けしなければならんのだっ!!」
「お兄さん、丁寧な説明ありがとう!
ダガーを助けに行くよ!」
急いで走り出す。
後ろを振り返るとスタイナーが来ない。前を走るみんなに教えるとすぐに戻ってくれた。
「おっさん、来ないのか?ダガーが殺されてもいいのかよ!」
「姫さまが殺される!?ワケの分からぬことを申すでない!」
「本当だよ、おじちゃん………
ブラネ女王がレッドローズに乗ってアレクサンドリアに帰ってきたら、おねえちゃんを殺してしまうんだって………ボク、聞いたんだ………」
「あと30分しかないんだっ!はやくダガーを見つけよう!!」
そして今度は5人全員で走り出す。
スタイナーはまだ半信半疑な顔をしながらも走ってくれる。どっちにしてもダガーが危ないのは同じだとわかってるのだと思う。
私は握り締めたままだった赤いリボンを思い出した。どこかのタイミングで髪を束ねないと無くしてしまいそう。
走っても落ちないようにポケットの底に押し込めた。
先頭を走っていたジタンが誰かと話しているのが見える。マーカスが早く来いと手招きしていた。
ジタンの真後ろを走っていたビビの帽子チラチラ見えていたはずだけれど、突然消えたように見えなくなる。転んだのかもしれない。
「ここは俺に任せるっス」
後ろから複数の足音が聞こえてきた。追手が近付いているのがわかる。
狭い通路を私が最後に抜けるのを確認したマーカスがレバーを引いた。その瞬間天井から柵が勢いよく降り、追手の足止めをしてくれたのだった。
私はその間に転んでいたビビを立ち上がらせ、服の裾を払ってあげる。
「じゃ俺はブランク兄キを助けに魔の森へ行ってくるっス!」
「ありがとう、マーカス。
ブランクに『ツカサが会いたがってたよ』って伝えてね!」
「ダメだマーカス、そこはツカサがじゃなくて俺にしておいてくれ!ブランクのことは頼んだぜ!
俺たちはダガーを助けに行く!!」
「えっ!?(私の言葉ジタンに取られた!!)」
「了解っス」
「ええっ!?(了解された………!!)」
そして私たちはマーカスと別れて、それぞれの目的を果たすために再び走り出した。
走っても走っても走ってもアレクサンドリア兵が追いかけてくる。
(えっと………ゲームとアングルが違うからどの辺りなのか………)
お城に入り、記憶を頼りに初めてジタンとダガーが出会った廊下を探した。
真っ赤な絨毯を辿れば、そこはすぐに見付かった。
「ジタン、その階段上って奥の部屋を目指して!そこから地下に行けるはずなの!」
「わかった!」
少し不思議そうな顔をしていたけど、何も聞かずに走り続けてくれる。
最初の目的である仕掛けのある部屋に着いた。
「へんな光のロウソクだな………」
すぐに気付いたジタンがロウソクをいじって仕掛けを解く。そういうところに気付けるのは盗賊の勘なのかも?と感心してしまう。
そして私たちは地下に向かってまた走り出した。大きくて長い螺旋階段を駆け抜け、ようやく1つの扉の前に辿り着く。
大きな音を立ててジタンが扉を開けると、部屋の奥に横たわるダガーが見えた。
何をされていたか知っている私はギリッと奥歯を噛み締める。
こんなことまで見届けなければならないのか、知っているのに見ぬフリをしなくてはならないのか………私の選択は正しいのか、また悩みそうになる。
そんな運命を知る神のような立場にいる自分を、心底嫌いになりそうだった。
「何しに来たでおじゃるか!?」
「いつもいつも邪魔ばっかりして許さないでごじゃるよ!」
ようやく見付けたダガーを取り巻いていたゾーンとソーンが私たちに気付いて襲いかかってきた。
しかしヤツらは攻撃をやめ、すぐに撤退していった。
「でも、もうガーネット姫は用無しでごじゃるよっ!」
「イイ気味でおじゃるよっ!」
「イイ気味でごじゃるよっ!」
ヤツらの言葉の意味がわかっている私は、すぐに祭壇のような台に乗せられているダガーに駆け寄った。
息は微かにしていた。
ケアルをかけてみたけれど、ケアルくらいじゃ効果が弱い。
「ダガー、ダガー!助けに来たよ!!」
「やっと、会えたってのに………」
「お、おねえちゃん………」
「ううう、姫さま〜〜〜っ!なんたる不覚〜〜〜っ!」
悲しい空気に包まれて勘違いしたのか、スタイナーは床に頭をつけて嘆いている。
「まだ事切れてはおらぬようだが?」
「大丈夫だよ、フライヤ。わかってないのお兄さんだけだから。
さ、早くこんなところ出よう!」
ジタンが小さく呟いていた言葉は聞かないフリをした。痛いくらい気持ちはわかる。でも私までネガティブになってはいけない。
いつもと違う弱々しい背中を優しく撫でると、悲しさのような悔しさのような………きっと後悔にも似たような顔がこちらを向いた。
「行こう。まだ何も終わってないよ」
そしてダガーをジタンが抱き上げる。それを確認して私たちは走り出した。
先頭を走ってくれるスタイナーとビビ。ジタンの後ろをフライヤと私が走る。
「ジタン、今来た道戻るけど大丈夫?疲れたらいつでも交代するよ」
「………ああ」
ダガーを助けたい気持ちはみんな一緒。ジタンだけに背負わせるなんてことはしない。
ロウソクがあった部屋に戻り、地下への仕掛けを元に戻した。
「ブラネ女王様………いったいどうして姫さまをこのような目に………
このスタイナーが命を賭けてお守りしてきた大切な大切な姫さまを………それは、ブラネ女王にとっても同じはずでは、ありませぬか!!」
「お兄さん………」
「スタイナーのおっさんよ、あんたの気持ち、痛いほどよくわかるぜ」
ショックを隠しきれないスタイナーとジタンに、私は何て言えばいいのかわからずにいた。
「ねえ、ジタン………おねえちゃん、このままずっと目を覚まさないの?」
「そんなことないよ。ただ、ちょっと疲れて眠っているだけさ。
みんな、少しダガーを休ませてあげてもいいか?」
「うん、それがいいと思う。とりあえずあのソファーに寝かせてあげよう」
ダガーを優しくソファーに寝かせてあげる。
みんなが見つめる中、私はケアルをかけ続けた。
(ベアトリクスほど強い魔法じゃないからダメなのかな………)
「俺がついていれば、こんなふうにはさせなかったのに………ごめんよ、ダガー………」
「おぬし、どうした………?いつものおぬしらしくないではないか?
以前なら、こういう時は自分に食いかかってきたではないか?」
「違うんだっ!!
いままで生きてきて初めて分かったよ。怒りや憎しみが限界を超えると感情がわき起こらなくなるってことをな!!
涙さえ流れやしない………」
「ジタン、大丈夫だよ。絶対にダガーは助かるから………だから、悲しみに負けないで」
「ツカサ………」
扉の向こうから足音が聞こえる。大きな音をたてて扉が開いた。
ゾーンとソーン、そして初めて見るベアトリクス。
「いたでおじゃる!やつらでおじゃるよ!」
「いたでごじゃる!やつらでごじゃるよ!」
「お久しぶりですね、スタイナー。これまで、どこへ行っていたのですか?
まさか、このようなケダモノたちと遊んでいたわけではないでしょうね?」
「なんだとっ!ケダモノはいったいどっちだと思っているんだっ!!」
ダガーを守るようにみんながベアトリクスの前に出た。
私はケアルをかけ続ける。
ダガーはなかなか目を覚まさない。
武器のぶつかる音が聞こえてきた。みんながダガーを守るために戦っている。
くやしい。
くやしいくやしい。
自分の無力さに。変えないと決めた運命に。
1人、また1人と倒れる音がする。
振り返るとみんなが膝をついていた。苦しそうに肩で息をしている。
「おまえたちの力では、私に勝つことなど到底不可能です」
「………待ってください。
あなた………あの有名なアレクサンドリアの女将軍ですよね?」
「まだ仲間がいたのですか………」
「待て、ツカサ………っ!!」
ジタンが止めに入ってくれたけれど私はできるだけ優しく笑った。心配はいらない。
「あなたも疑問に思っているのではないですか?ブラネ女王の命令や行動………
お兄さんはもう守るべき人に気付きましたよ。
いつまであなたはそこで飼い慣らされ続けるつもりですか?」
そしてダガーの前から退いて隣に立った。
その瞬間ベアトリクスの目が驚きで開かれる。
「まさか………あれはガーネット様ではありませんか。
やはりブラネ様は、ガーネット様の命を取ろうとしておられたのです………」
「なんだと〜〜〜っ!
ブラネ様がそのようなことをするはずが………」
「スタイナー、もはや答えはひとつしかないようです………
長い間の迷いが解けました………やはり私は間違っていたのです………
ブルメシアの民よ、私は許されない過ちを犯してしまっていたようです………」
「当たり前じゃ!私はそなたを簡単に許すことはできぬ!!
じゃが、今はダガーとやらを助けてやりたいと思う………」
「フライヤ………」
「あなたの力でダガーを助けることはできませんか?私の魔法じゃ効果が薄くて………」
「………私の力でどこまでできるか分かりません。
ですが、できる限りのことはやってみましょう!
ガーネット様、いま私がお助けいたします」
ベアトリクスが詠唱を始める。私も隣でケアルをかけた。
横目でチラリと見ると、清々しい顔のベアトリクスがいた。
「我らのかけた魔法は、簡単に解けないでごじゃるよ!」
「何度やってもムダで………」
「うるさい!しょーもないことしかしない小者は黙ってなさい」
そんなことでベアトリクスの集中力が切れるとは思っていなかったけれど、どうもこいつらの台詞は字面でもうるさいと思っていた。双子の声にイラッとする。
睨み付けるように一喝すると、ヤツらは押し黙るしかなかった。
「う………、うん………頭が痛い………わたくし………いったい………?」
「ダガー、よかった!私のことわかる?
みんなのこともわかる!?」
「ツカサ?………みんな!」
みんなのこともわかるくらい意識がハッキリしたようで安心した。
しかしその安心も束の間。
「何の騒ぎじゃ!」
できれば違う形で、違う時に出会いたかった人物がそこにいた。
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