一時帰宅





■ツカサside








瞼が陽の光で照らされている。眩しさで目が覚めた。

辺りを見渡すと見慣れたはずの自分の部屋なのに、何だか違う世界に来たような感じがする。


「やっぱり、夢だったんだー………」


大好きだったFF9の世界に夢の中ででも行けて、なんて幸せだったのだろう。
枕元にあった携帯を確認すると、まだ一晩しか経っていなかった。


「今日休日だけど何にもやる気が起きないや………」


とりあえず顔を洗ってシャッキリしようと洗面台に向かう。ボーッとテレビも点けた。
テレビの中の人は淡々とニュースを読んだり、バラエティー番組で笑っていたりする。どれもこれも内容なんて入ってこなかった。
私は膝を抱えて顔をうめる。思い出すのはあの鮮明に残った夢のこと。


長い長い夢だった。


本当は少しホッとしている自分がいる。
あのままあの場所にいてももしかしたら自分が死んだかもしれない。最悪、世界が何かの拍子に無くなっていたかもしれない。
知らない結末を目の当たりにする勇気なんて、きっと私には………無い。


(これでもう私はあの世界にいる意味なんて考えなくてよくなったんだ………)


嬉しい。
嬉しいはずなのに心がモヤモヤする。
思い出そうとしてないのに、勝手に金色を思い出す。瞼の裏に焼き付いてしまったかのよう。

私はただ必要とされたかったんだと思う。
あの世界にいる意味が見付からないなら、意味をつくってほしかった。


(気分転換に買い物行こうかな)


きっと家の中に居るから思い出す。考える。寂しくなる………
いい夢だったって思わなくちゃいけないのに………これだから喧嘩別れは最悪だなと思った。

パッと顔を上げると、ベッド脇のチェストに見慣れない物が目に入った。
友達が置いていった物かと思ったがきっと違う。私はあれを知っている。


ジタンがくれた赤いリボンを。


「………どういうこと?」


段々と違和感を覚えてくる。
本当に私は自分の部屋に帰ってきたの?本当にここが現実なの?ジタンたちは夢だったの?

確かめなければならない。私はリボンを握り締めて、すぐにカーテンを開けた。
休日の天気のいいお昼過ぎ。なのに誰も外を歩いていないし、車も通っていない。そして何より鳥の鳴き声すら聞こえなかった。


「帰らなきゃ………!」

「どこにだい?」


突然後ろから声がした。振り向くとまだ出会うはずもなかった人物が立っている。
驚きすぎて悲鳴すら出なかった。


「あ、あなたは誰?」

「知らないフリはよくない。知っているんだろ?僕を。あの世界を」

「………クジャ」

「そう。
君の世界はここだろう?どこに帰るっていうんだい?それに、君は連れていってもらえなかったんじゃないか………ブルメシアに」

「何で………あの場にいなかったのに」


妖艶な笑顔でこちらに近付いてくる。
後ずさってもこんなに狭い部屋、ベランダしかない。


「君のいた世界はこんなにも美しく、平和なんだね」

「何が言いたいの?」

「君はお荷物なんだろう?」

「………違う、わ」

「戦闘初心者を理由にそう言われた」

「………違う!」

「本当に君を心配して言ったと思ってるのかい?
出会って間もない、素性の知れないヤツを心配なんて普通できないさ」

「………違う!!」


怖かった。
あれだけ私を気にかけてくれていたのに、本当にジタンが心配して言ったのかさえわからなくなってくる。
それがクジャの話術だとわかっていても、私の心は揺れていた。


「僕と一緒に来ないか?」

「………………」

「僕なら君を必要とする。あの男と違って」


徐々に近付いてくるクジャ。
そっと私の頬に手を伸ばし、優しく撫で上げる。もう片方の手で腰を引かれた。抱き締められているような体勢。
そして耳元でゆっくり艶やかな声で私に囁いた。


「さあ、一緒に行こう」


その時、突然ベランダから眩い光が溢れだした。
夢で見たような暖かくて美しい金色。無意識にジタンの顔が思い浮かぶ。


(ジタン………?
そっか。ゲームで全てを知った気でいたけど違ったんだね。夢にまで見た金色の輝きはこんなにも温かかったのに、私はみんなの何を見ていたんだろう………)


「くっ………この光は何だ!!」


溢れる光に驚いたクジャの腕から私はスルリと抜け出した。


「悪いけど、そんな色気で大人女子を落とせると思わないことね」

「どうする気だ………まさかそこから飛び降りるのかい?平和な世界で暮らしていた君にそんなことできないだろう」

「信じてさえいれば何だってできるわ」


迷うことなくベランダに足をかける。
怖くないわけじゃない。でも信じている人が光の向こうで呼んでいる。
もしこれで落ちて死んだら、化けてジタンの枕元に立ってやろう。


「じゃ、さようなら。クジャ」

「クックックッ。本当に君は強くて美しい………今回は見逃そう。
そうだ、1つだけいいことを教えてあげる。
もう間もなくお姫さまが処刑されるよ。君にはこれだけ言えばわかるんだろう?

またね、ツカサ」


クジャの言葉を全て聞く前に光の中へ飛び込んだ。


「君はブラネ女王ごときに屈する女じゃないってことを証明してくれるんだろう?
次に会う時は必ず………………」









ものすごいスピードで光の中を落下していく。眩しさで何も見えないが、もっともっと奥から声が聞こえた。


「………!………………!!」

「誰?き………こ、えな………いよ!」

「………、つ………れ………!」

「な、に………!?」


どこに繋がっているかわからない。けれど信じている。この光が帰る場所を示していると。
光の向こうから伸ばされた手が見える。段々とその声も大きくなってきた。


「ツカサ、つかまれ!!!」

「………ジタン!!」


つい数時間前まで一緒にいたはずなのに、もう何日も会ってなかったかのような懐かしさに涙が出そうになる。
精一杯伸ばされた手を握って、私はジタンの胸の中に飛び込んだ。


「ジタン………ごめんね、ジタン」

「もういい。もういいんだ………無事ならそれで。
おかえり、ツカサ」

「ただいま、ジタン………!」


おかえりって言ってくれる人がいるのなら、私はいつだってどこにいたってその場所に帰ってこれる。


「受け止めてくれてありがとう」

「当たり前だろ。いつだって俺はツカサを守りたいんだ」

「ふふっ、すごい殺し文句だね。」


物語の人物だから、とか。
知ってるから、とか。
仲間のフリして仲間じゃなかった。

そんな“つもり”になってた。


もう、そんなのやめたいの。








私はここに帰ってきたい。







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