ひとり。また、ひとり。次々と倒れていく同志たち。
士気も下がり、どんどん追いやられていく現状の中、逃げることを考える奴は居ないはずがなかった。
「抜ける奴は抜けろ」
鉄の掟を口にしていた副長は、離れた場所で今も戦っている。
正直、ひとり抜けたら次々と抜けるだろうという前提で発した言葉だった。
「誰一人として、抜けません」
新しい傷が目立つ。まだ俺よりも若い隊士が言うと同じように傷だらけの隊士たちが頷いた。
斎藤さん、と安心したように名を呼ぶ彼女。
一瞬浮上した気持ちも、不安と入り混じってじわりと滲んだ。

無心に、と、まわりの奴等はそう言う。
本当は無心になどなれていなかった。身体に染み付いた型。
刀を奮いながら、斬れるはずもない靄をも斬れたなら、と空(くう)を裂くばかりだ。




「お前は、江戸に戻れ」


見開かれた双眼、幼さを残す顔には似合わない表情。
本心から言った言葉。しかし、半分は意地。
「どうして、ですか?」
邪魔になる、足手まとい、鬼という存在。ぐるぐると千鶴の頭をまわる自分のいけないところばかり。泣きたくなるのを堪える。ここで泣けばそれこそ斎藤の手を煩わせることになるだけだ、と。
ぎゅっと握られた手は震えていた。

俺は間違ったことを言ったのだろうか。
父親を捜すのに役立つ。その理由から彼女を生かし、共に暮らしてきた。その約束は果たせなくなりそうだが。確かに共に生きてきた。
怪我をしたら危ないからと俺に向かって言った時の真剣な表情。傍らで腹を抱えて笑う総司。
原田と永倉に挟まれて初めて共にとった食事。楽しそうにうるさい輪の中に入っていっていた。
他にも、いろいろあった。日めくりに変わる表情や、変わらぬ表情。
何故、今このようなことを思い出しているのだろう。今だから、なのか。
目の前で向き合っている千鶴は、初めて会ったあの日のように怯えていた。迫る変化を察して。

「これ以上はお前には無理だ。」
「無理かどうかはわたし自身が決めます」
「駄目だ」
「どうして…!」

静かな場所だった。火を燈すと居場所がばれる為、隊士は見張りの数人を残して眠っている。
そこから少しだけ離れた位置に小屋があった。古びた室内には気休め程度に盛られた藁。
泣き声にも悲鳴にも似た声でどうしてどうしてと袖を握る。その手を取りトン、と軽く押せばあっさり倒れた。抵抗は、ない。くり抜かれた隙間から月明かりが入り、涙の溜まった眼を照らす。煽られている気さえした。
「…抱いて、ください」
一瞬、何処から誰が言った言葉かわからなかった。
押さえ付けたままの手首を離そうとすれば逆に掴まれ寄せられた。
「抱けばお前は忘れることが困難になる」
「忘れたくないから、言っているんです…」
「…千鶴、」
止めろ。言うな。その意味を込めて呼んだ名前は酷く冷たいものだった。
僅かに聴こえるのは藁が擦れる音と、千鶴の泣き声。
もう、寝ろ。瞼を手で覆う。ポロポロ溢れる涙をも隠すように。

「居て…くださいね…」
「――ああ。」

嘘つき、と、目覚めた彼女は止まった涙をまた流すのだろうと考えれば、涙腺が緩む気がした。じわり熱くなった瞼を外気で冷ましながら、身支度を整えた隊士たちと道を進む。
「雪村くんは?」
「あいつは抜ける」
「…そうですか」
涙を隠したてのひらが異様に熱い。
白い月は、まだ堕ちない。



全部、朝日が昇る前の話だ。







20100907

ともみさんへ
遅くなってしまってほんっとーにすみませんでした。
このリクは最後にしようと決めていました。
悲恋で本編寄りって素敵リクだったのに市原がやるとあらら不思議のアッコちゃんの魔法がホイ!
すべてにおいてすみません。
企画参加ありがとうございました!

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