お前は新選組の一員にでもなったつもりか?


見てはならないものを見てしまった。あの夜から私はここに匿われている。匿われている、というよりは監禁に近い状況。なんて言える立場ではないことは分かりきっている。邪魔でしかない自分を生かしてくれている。いつ斬られるか知れないが、それでも私はただじっとおとなしくしているつもりはなかった。
それから行動と言葉を重ねる内に、居場所ができた気がした。会話も増え、役割も与えられ、ただ一日が終わるのを待つことがなくなっていった。
それはただ、安心したかっただけなのかもしれないけれど。

だから土方さんに言われた言葉は心身ともに堪えた。
同時に、どうしようもない不安が全身を蝕んでくるような感覚に襲われた。

それからというもの、土方さんの顔どころかどこにも視界に入れることが恐ろしくてできなくなった。
声が聞こえる度に思い出す私に向けられた冷たい言葉と視線。時が忘れさせてくれるはずの心の痛みはなかなか癒えないでいた。







「最近めっきり来なくなりましたね、千鶴ちゃん」


土方さんって千鶴ちゃんには口が下手ですよね、と呆れたように総司は溜め息を盛大に吐き出した。
走らせている筆は止めずにいた。こいつのちょっかいにいちいち構っていたら身が持たねえ。が、しかし、以前は机の端に常にあった熱い茶がないのは気にかかる。あいつは何気なく持ってきていたから。


「あ、雨」


ただの餓鬼のことを、どうしてこんなに考えているんだ俺は。

露の重さに耐えられなくなった花びらが一枚落ちた。





「ん、」

「あ…」


できるだけ避けていたかった土方さんと出くわしてしまった。気にしているのは私だけ。仲間ではない自分に何かされても迷惑なだけなんだよね。
逃げる、という選択をするのは自意識過剰かもしれない。
だから顔を伏せて小さく頭を下げてやり過ごせたらと考えた。どうしたら邪魔な存在にならないのか。今の私にはわかりっこないのだろうけど。


「…おい」


心臓が跳ねた。どくどくと嫌な高まりをする鼓動。口の中と唇が渇いてきたのがわかった。
何を言われるのだろうか。怖くて、聞きたくない。


「………すみません」


は、短く驚いた声が聞こえた。それでも私は自分でも理解できない謝罪をし続けた。同じ言葉を何度も何度も言い続けた。涙が出るのを防ぐかのように。
それでも顔は上げられなかった。土方さんの足が視界に入った。近づいてきている。殴られる?もしかして斬られるの?そんな人じゃないって知っているのに、思わず顔を両手で庇った。


「千鶴?」


反射的に走り出した。裸足なのも忘れて、雨が降りぬかるんだ土を蹴って、走っていた。
ひとりで勝手に外に出たら私はどんな扱いをされるか。何度もきつく言われたはずなのに。


「斬られちゃうのかな…」


あと一歩で、門をくぐる。髪が頬に張り付いて気持ち悪い。それももうすぐ感じられなくなるのかな。だったらこんな天気も晴れに思えてくる。


「出るのか?」


少し距離を空けて土方さんは傘をさして立っていた。びしょ濡れの私とその真逆の土方さん。滑稽すぎて笑えない。


「出たら、斬りますか?」

「出るな」

「私が出たら、斬れる理由」ができますよ」

「そんなの要らねえんだよ」

「……仲間じゃない、邪魔なだけの私なんて居ない方がいいじゃないですか!」


情けない。最低すぎて惨めすぎて、やっぱり自分は何もできないのだと思い知らされる。
雨なのか涙なのか。口に入ってきた水分がほんの少しだけしょっぱかった。
ひさしぶりにまともに見た土方さんの顔は、いつもの土方さんだった。


「出るな」


何を怯えているんだ。雨に濡れた千鶴はいつにも増して小さく、細く見えた。
こいつは女なんだと改めて思った。
俺は焦っている。馬鹿みてえにいつもへらへら笑っていた千鶴が泣いている。原因はこの状況と総司に言われたことを思い出せばすぐにわかる。

これ以上新選組に深く関わってしまえば後戻りはできない。そんな意味を込めての注意のつもりだった。警告は散々してきた。だから自分で役割を得るようになってきた千鶴に軽く念を押すだけだった。

捻れて伝わってしまったのは自分の責任だ。


「テメェを斬らす理由なんてつくるな」


じっとりと身体に纏わり付く梅雨特有の空気。
嫌気がさすのは毎年のことだが今年の梅雨は、雨が強い気がした。
千鶴はまだ来ない。後退りでもされて門外に出る前に一歩中へ引っ張った。すっぽりと納まる冷たくなった身体。


「風邪引く前に風呂に入れよ」

「…はい……っ」


声を殺し、涙を我慢しているのがわかった。
濡れた顔を袖で拭いてやりながら、傘を持つ指に力を込めた。






「あーあ、あんなに濡れちゃって」


沖田の笑い混じりの独り言は雨音に掻き消された。









2010/0610

澪姉さんへ

梅雨ネタに、なったでしょうか(不安)
意味不明で甘くないですが擦れ違って、ぎくしゃくなふたりだと思っていただけたら幸いです。
目線がちょくちょく変わっているのは仕様です。
正直逃げる千鶴ちゃんを書きたかった……げふん←
企画参加ありがとうございました!

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