額に汗を浮かべて眼が充血するくらい開いている男がいる。
なのに唇は渇ききっているのか舌で潤わすように何度も舐めていた。息は荒くそれだけの行動をするのにも動作が遅い。
ごくり、喉を上下させ目の前に突き付けられた刀の尖端とオレを交互に見る。


「……た、頼む。命、命だけは…っ!」


様子を見るに、やっと絞り出せた言葉だったらしい。
この状況で命乞いか?笑わせんなよ。
反応を示さないオレに男はカタカタと震えている。少しでも前後すれば刀が当たるだろう。
なんて、ぼんやりと考えていたのがいけなかった。興味も無い男の文字通り必死な表情を見てしまっていた。
少し動いただけでおもしろいくらい敏感に反応するから、楽しくなってくる。

オレの後ろには千鶴が居る。さっさとコイツを始末して先を急がなければならない。
遊んでいるつもりはなかったが、時間を無駄にしてしまった。


「ほ、仏に誓う!だから…見逃してくれ」


まだ生に執着しているらしい男が唾を飛ばしながら叫ぶ。
死んだ奴を仏と呼ぶということしか知らないオレにはそんな奴に何をどう誓うのかわからなかった。しかし、頭が下がっているのは認めるとしよう。ぶつぶつとお経みたいな言葉を唱えながら、お願いします…お願いします…と続ける。

刀を下げた。瞬間、男が仕込んでいた小刀を数本投げてきた。
それを最初から見ていたオレはすぐに構え、弾いた。後ろには千鶴が居る。避けるのは苦労無いが避ければ確実に千鶴に当たる。
ひと振りすれば音を響かせて小刀が一本、畳に刺さった。


「何が仏に誓う、だ。誓うってんなら……」


足元に落ちたソレを拾い、思い切り投げた。
首の上部にソレは刺さり男は両手で抑えながら倒れ込んだ。


「額を床につけてからの話だろう?」


声にもならないのか、途切れ途切れの呻きを出す男に近付く。手を伸ばして、オレを見上げる。


「ッ、貴様あ゛ぁあああああああああぁあああ゛ああああああああ!!!」


睨みつける眼は終わることに見向きもせず、まだ生きることにしがみついていた。


「仏だか何だか知らねぇけどよ。生憎、オレは無宗教なんだよ」


神も仏もあるか。

喉から流れる赤黒い血。痛いか?辛いか?苦しいだろうな。そうだよな、頭に近い傷は目茶苦茶痛いよな。

わかった。すぐ楽にしてやるよ。

肩に刀を振り下ろせば、男は額だけでなく全身を床につけた。


「平助くん……」
「大丈夫か、千鶴。怪我とかしてねぇ?」


周りの死体の群れを避けながら千鶴の傍へと向かう。


「大丈夫。平助くんは…?」
「そっか、よかった。オレも大丈夫だから」
「よかった。でも、わたし怪我しちゃってもすぐ…治るから」


心配しないで。って、明るい口調で笑いながら言っている。
バレてないつもりだろうが握っている指先が白を通り越して青白くなっている。

これだけ怖い思いをして平気な訳ないだろ…。
鬼だろうが誰だろうが怪我をしてしまえば痛い。
それにいくら外が治ったって"内"まで治るとは思えない。
どんな気持ちでその言葉を言ったのだろう。オレは今の千鶴しか知らないからどんなものだって、今の千鶴を受け入れたい。

ぽん、と俯いた千鶴の頭に手を置く。こうすると千鶴はオレを見てくれるから。


「行くか」
「うん」


生臭い血のにおいが充満している。いつもなら干からびてしまった全身を潤すかのようにそれを求める。
もっと、もっと。斬る感触を何度も感じたくなる。
理性が保てているのは千鶴のお陰だ。


「(早く、連れて行かないとな……)」


もう少ししたら、ひとりでいってしまうだろうから。
なぁ、オレも神とかって奴に縋りでもすればどうにかなると思うか?

顔を伏せた男を見て、かぶりを振り足を動かした。





20100403

……平助くんをどうしたかったんだろう。



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