(タオ×ヒカリ/わくわくアニマルマーチ)
イラスト
線画→じゃこさん
塗り→松朧
そう遠くない昔、ここではないどこかで、天涯孤独の身となった娘が、親切な人達が住む町にやってきました。そこで、泣きぼくろが素敵なお母さんと、元気で乗馬が大好きなお姉さんと、ドジで食べることが大好きな妹のいる家に住むことになりました。
お母さんと姉妹たちが止めてもその娘は頑張って掃除をするので、娘の服はいつも灰まみれでした。そのため、シンデレラという皮肉にも可愛い愛称がついたのです。
つつがなく暮らしていたある日、町中の家に、自国のお城で舞踏会が開催される知らせが届きました。第二王子の婚約者を選ぶため、若い娘は全員集合と書いてありました。
「第二王子というと、パオ王子のことですわね? まだお若いと思いますのに」
お母さんが洗濯物をたたみながら、疑問を口にします。
「うん、本人は乗り気じゃないだろうね。第一王子のタオ王子は婚約者がいるっていうし、行かなくてもいいかな」
「いや、行こうよ! 誰も来なかったらそれはそれで可哀想だし、お城の晩餐はきっと美味しいと思うし……」
「マイは料理が食べたいだけだよね?」
「うっ……こ、こういう時にしっかり食べておかなきゃってね!」
姉妹たちが姦しく言い合っている中、シンデレラはのんびりと床拭きをやっていました。
「シンデレラも行くでしょ? お腹いっぱい食べてこようよ!」
「ううん、私は大丈夫。みんなで行ってきてください」
「なんでだい? 掃除なんていつでもいいし、たまには気晴らしにさ」
「いえ、掃除していた方が気楽なんです。みなさんの土産話を楽しみに待ってますので〜」
結局シンデレラはのらりくらりと誘いを避けて、とうとう舞踏会開催当日にお母さんと姉妹たちはお城へと行ってしまいました。満月が美しい、静かな夜でした。
「アンタ、町の女がみんな舞踏会に行っている夜に、どうしてこんなところにいるの?」
物思いに耽りながら暖炉の掃除をするシンデレラの背後で、女の声が聞こえました。
「あれ? お客様ですか、失礼しました。まだここは掃除中なので、居間の方にあがって……ああ、いけない。あなたの髪、灰が付いて真っ白に」
「失礼ね! アタシの髪は元々こういう色なの!アンタの髪がそうなってるわよ!」
お若く見えるのに大変な苦労を、とシンデレラは言おうとして止めました。そして、姉妹たちに言ったように舞踏会に行かない理由を言いました。
「ふーん。アンタみたいのを見てると、なんかモヤモヤするのよ。思いきって行っちゃいなさい!」
「いや、行きませんよ〜」
「門灯無料!いくわよ!」
それは、門灯無料ではなく問答無用ではないかとシンデレラが思った時、既に魔法の霧に包まれ、みすぼらしい服はピンクの可愛らしい服に変わり、畑のカボチャが馬車になり、通りすがりのネズミが御者になっていました。
「ふふん、カンペキね! じゃ、行ってらっしゃ〜い」
抗議の暇もなく馬車に閉じ込められ、ぼろい街道をがたがたと進み初めました。シンデレラの履くガラスの靴は、少し緩いものでした。
小国ながらも盛大な舞踏会に皆が盛り上がる中、第一王子のタオ王子は、気づかれないように深くため息をつきました。というのも、舞踏会に参加しているものの今回の主役はパオ王子であり、自分には婚約者がいるのです。迂闊にダンスをすると誤解を招くのではないか、という不安は杞憂に終わりました。通りすぎる婦人は皆「お隣の国のチハヤ王子と踊りたいわ」とか「あまりタオ王子ってぱっとしないのよね」と言うか、または一直線にパオ王子の元に駆けていくのです。笑顔でいるのにも、少し疲れてきました。
一方、全てを受け入れ小さいながらもダンスを楽しむようにした従兄弟、パオ王子は誰のことも不愉快にしないように、極めて楽しそうに振る舞っています。今回の舞踏会を企画した彼の父、オズ陛下も破顔してその様子を見つめています。短気な陛下ですが、パオ王子の婚約者を選ぶことに関しては長い目で見る、と構えているようです。甥のタオ王子から見ても良い父と息子であり、尊敬するとともに、ふしぎとさみしい気持ちにもなりました。
「次期王位継承者のパオ王子は気が効くわね、あんなにお小さいのにしっかりしてて」
「ええ、タオ王子は隣国のリーナ姫のところに嫁ぐ……いえ、婿養子に入るんでしょう?」
「噂だけど、それがタオ王子にとっては幸せよねえ。リーナ姫の国は豊かだってことで有名だし」
宴の席の話は、とどまるところを知りません。時刻はそろそろ十一時を回っていましたが、午前中に釣りをしながら昼寝もしているので、そこまで眠気もやってきませんでした。仕方が無いので、気分転換にと静まったテラスに一人で佇んでみます。眼下に広がる黒い海に白い波がゆっくりとたなびき、穏やかな心地に変化していきました。
「あのう、すみません。迷いこんでしまったのですが、帰る道を教えていただけますか?」
タオ王子一人だけだったテラスに、薄い桃色のドレスに身を包んだ娘が現れました。物腰柔らかに丁寧に礼をしたので、タオ王子も丁寧に礼をかえしました。
「わかりました、私で良ければご案内しましょう。今回の舞踏会はお楽しみいただけましたか?」
「いえ、ダンスも踊っていませんし食べ物も食べていません。舞踏会を楽しんだとは、いえませんね」
「それは残念です。しかし、それでは何故お越しになられたんですか?」
「可愛い魔女さまに、強引にね」
娘、シンデレラは呆気にとられた彼の黄緑の瞳が、ペリドットのように綺麗だなと思いました。話をしていくと、彼が第一王子のタオ王子だということを知ります。二人はダンスを踊ることもなく、テラスの椅子に腰を降ろしていつのまにかゆったり話しこんでいました。
「では、あなたにはご両親もご親戚もいらっしゃらないのですか?」
「はい。今はこの土地で、素敵なお母さんと姉妹に挟まれて幸せに暮らしてますけどね」
「そうですか……実は、私も小さい頃に両親が亡くなりましてね、叔父である陛下にお世話になっているのです。本当なら没落貴族も良いところだったのですが、叔父が救ってくれたのです」
お互い、まるで月や海に語りかけるように気兼ねなく和やかに喋ります。鐘の低い響きが一つ鳴り、時計の針はどちらも十二を指していました。
すると、シンデレラを纏うドレスがベールを脱ぐように薄くなっていき、それに慌てたのはシンデレラじゃなくてタオ王子でした。主に目のやり場です。
「あ、あの……!あなたのドレスが、どんどん薄く……!」
「ああ、なんだろう、魔法がきれかかってるのかもしれませんねえ」
「お、お帰りならそこの角を左に曲がって真っ直ぐなので、また今度いらしてください」
「わかりました〜、今日はありがとうございました」
十一回目の鐘が鳴る時に角を曲がりましたが、緩いガラスの靴の片方が抜けて転がってしまいました。そんなことを気にも止めないシンデレラは、片方はガラスの靴でもう片方は裸足で歩きます。
城門を出ると十二回目の鐘の響きも遠く、転がったカボチャを抱いてシンデレラは家へと歩いて帰りました。そして、何事も無かったように掃除を始めました。
それからしばらく経って、パオ王子の婚約者選びはまだ未定とすることにしたという知らせが出ました。近々リーナ姫もタオ王子に会いに来国するという知らせも出ましたが、いたってこの国は平和でした。ただ、シンデレラは残ったガラスの靴の片方を見て、何かを考えるようでした。
「始めまして、タオ王子。ホルン国王の娘の、リーナといいます」
テーブルを挟んで、タオ王子の向かい側にリーナ姫が座ります。婚約者といっても、顔を合わせたのはこれが初めてでした。黄色い香水の、ほのかな香りが漂いました。
「タオ王子は、釣りがお好きだと聞きました。私も釣りが好きなんです。是非、うちに来たら家族みんなで釣りに出かけましょう」
朗らかに笑うリーナ姫はとても話術も巧みで、愛らしい様は両親に愛されてのびのびと育ってきたのだな、ということがわかりました。
「あら、あちらのガラスの靴、とても綺麗ですね。この国で作ったものですか?」
リーナ姫が指差した先には、透き通ったガラスの靴が片方だけありました。
心ここに在らずだったタオ王子も、ふいに以前の舞踏会のことを思い出しました。ふらっとやってきて、ふらっと帰っていったふしぎな娘。彼女と過ごした一時は夢のように危うい記憶で、彼女が置いていったこの靴が無ければ夢だったと考えるぐらいです。ガラスの靴を頼りに彼女を探そうかと思いましたが、そんな勇気も決断力も無く、夢の名残としてただぼんやり眺めるだけなのです。
「これ、少し履いてみてもいいかしら?」
「え、えっと、どうぞ」
うっかりタオ王子が許可を出してしまうと、側近に支えられながら、早速ガラスの靴にリーナ姫の足が入れられます。その一瞬、あまりにもリーナ姫の足にぴったりなので、その場にいる人々の誰もが歓声をあげます。その時でした。
「待ちなさーい!ちょっとぉ、そこのぼやっと王子! 何勝手に履かせてんのよ!」
急激な煙幕とともに長い白髪を持つ女性が現れ、タオ王子を睨みつけています。
「そのガラスの靴は、あの娘にはちょっと緩かったのよ。べっ、別にアタシの魔法のせいじゃないからね!それより、早くあの娘のところに行ってあげなさい! このうすのろ!」
呆然としていた人々も、女性のタオ王子に対する暴言っぷりから闖入者だと確信しました。しかし、足が固まったように動きません。女性が軽く指を鳴らすとリーナ姫が履いたガラスの靴が粉々に割れたので、只者ではない女性に対する恐怖に覆われました。
「あの娘の髪色、夕暮れ時の色に包まれた場所に行きなさい。あとの選択は、アンタに任せるわ。光を探しなさい」
女性はそう言って煙のように消え、固まっていた一同は大慌てで右往左往しています。タオ王子は一人、外に出ました。
夕暮れの橙と紫と緋色が混ざった幻想的な空を写した海は、穏やかに凪いでいました。浅瀬のスミレ色の海水に裸足を浸して、シンデレラは歌を歌っていました。服と髪が、灰にまみれていました。
「……お久しぶりですね。なに、してるんですか?」
「人魚姫ごっこだよ。こうして水に入ったまま朝を迎えれば、綺麗な泡になっているかなって」
シンデレラの片手にひっかかったガラスの靴がきらりと光り、シンデレラは大きく腕を振って、遠くにガラスの靴を思いっきり投げました。靴は釣り竿ではありませんから、当然引き上げることは出来ません。
「王子さまは、何の御用ですか?」
「あなたを、迎えに来ました」
「可愛い魔女さまにたぶらかされて、ですか?」
意地悪そうな悲しい表情で、シンデレラは続けます。
「普通に考えて、あなたはリーナ姫と結婚すれば、今後の暮らしは安泰でしょう。魔女さまがかけてくれた魔法は忘れて、夢から覚めて、目を開けて。生きればいいと思いますよ」
「そうですね、今までずっと他人の言うようにしてきましたが、しっかり自分の瞳で前を見据えて、生きていきたいと思います。だから、ヒカリさん。私と、つきあってください」
可哀想な灰まみれの娘、ヒカリはまばたきを繰り返しました。
「これから、あなたと話したいことや見たいものがたくさんあるのです。ヒカリさんさえ良ければ、一生傍にいることを許してください」
「……どこで、私の名前を?」
「先程、可愛い魔女さまから聞きました。ああ、それと。私は王子の権利を放棄したので、あなたは姫になれません。ごめんなさい……」
「謝らないで、タオさん。いいの、お姫さまになんてなれなくても。いっしょに、泡になって消えましょうか」
ヒカリとタオは、優しく手を取り合って、柔らかい砂浜を海岸沿いに歩いて、地平線に消えていきました。
そう遠くない昔、ここではないどこかで、仲の良い夫婦が暮らしていました。二人の子供に恵まれ、魔法も奇跡も起きない平凡な人生を歩みました。その家族の行方を知る者は、一人の魔女をおいて、他にはいません。
泡沫のシンデレラ
(ハッピーエンドに 近くて遠い)