(チハヤ×ヒカリ/わくわくアニマルマーチ/ Title.by 真歩さん )
太ることって、必ずしも幸せになることではないけれど、君には幸せ太りになってほしいなあって、緩やかに思うんだ。あまりにも細すぎる、骨ばった手首を見ながら。
「ヒカリ、ここのところ僕にオレンジケーキばかり持ってくるよね。他には、オレンジキャンディやマーマレードとか……流石に、やめてくれない?」
薄黄色の生地をふんわりと焼き上げて。蜂蜜でコーティングした、砂糖漬けのオレンジを飾り付けて。無農薬の皮から出来た花梨色のマーマレードを、小さな瓶にたっぷり詰める。彼の家のテーブルの上に少しずつ増えていくマーマレードの瓶が、背くらべをするように硝子をきらきらと、せいいっぱい反射させる。それに反して、彼の表情の陰鬱なこと。曇り空が頭を覆っているみたい。
「そう? 甘いオレンジのおやつって、いっぱいあると幸せかなあと思って」
「毎日甘ったるすぎて、舌が麻痺しそうだ。僕を砂糖漬けにするつもり?」
毒々しいチハヤくんの顔は、それでも砂糖のように甘いの。きっと、彼自身が毒を含むケーキなのだろう。その手から生み出される料理は、砂糖を吸われて味気ないものばかり。涙のしょっぱさと言葉の苦さが滲み出て、夜の酒場にぴったりのお味。
「ふふ、そう。砂糖漬けにしたいの」
どんよりした紫の瞳が、輝くブルーベリーの果実と成るまで。
彼は呆れたように、律儀に、オレンジケーキとマーマレードを持ち帰る。冷蔵庫に待ち受けるオレンジケーキ四ホールとマーマレード八瓶を、憂鬱に思いながら。ああ、当分僕の冷や汗は甘くなるに違いない、と思いながら。
世界が回るように、私もいつかケーキになる予定だった。小麦粉と卵と砂糖とバターだった時から、ずっと待っていた。人を幸せにできるようになりなさい、と賢い大人に言われてから、ずっと待っていた。でも、待っているだけじゃ駄目だった。どんどん材料は腐ってしまって、初めて手に取ってもらえた時は、ぽいっと捨てられるただ一瞬。生まれ変わったら、今度こそケーキになって、不幸な人を幸せにすると信じて。
いつか、チハヤくんが幸せ太って普通のおじさんになった時。私は、幸福に満たされた甘い甘いケーキになりたい。しどけなく開かれた口に、ぱくりと、運ばれていきたい。幸福なあなたの、最後の食事になりたい。なりそこないケーキは、そんなことを夢見ていた。
ケーキになったら美味しく食べてね
(私をケーキに、してちょうだい)