(神さま×ヒカリ/わくアニ)


最初にその庭を見た時、この庭は城の時間を止めているのだな、と思った。
夏の庭に咲き誇る花々、冬の庭に降り積もる白雪。
正反対の二つが隣合わせに存在するその不思議さに、恐怖よりも強く興味をそそられる。
初めてお城に行ったのは、黒い大きな獣にかつがれてだった。
冬にも関わらず、父に生きたバラが欲しいなどというわがままを言ってしまったから、薔薇と私を交換することになってしまった。
本当は冗談だったし、まさか手にいれられると思わなかった、夏の庭と冬の庭を持つお城が知らなかったから。




最初は少し怖かったけれど、黒い大きな獣は横柄ではあるが意外に照れ屋で世間知らずだった。
私に対しては、壊れないように壊れないように、まるで大切な薔薇を扱うようにしてくれた。
寂れた荘厳なお城で、彼と私はおだやかに過ごした。




今でも覚えている、私の父が病気に苦しむ姿を鏡で見たら、呆然とする私の顔を見ずに言ってくれた。

「行ってこい……ただ、必ず帰れ。おまえは我のものだからな」

何故黒い獣であるのか、何か呪いでも受けたのか、彼は何も話してくれないけれど、優しさは痛いほど伝わってくる。
非情な私はその言葉にすがって、町に降りていった。




町に着いた時には既に父は亡くなっていて、私は深い悲しみに暮れた。
男手一つで育ててくれた優しい父、黒い喪服に包まれた身体に雪が降り積もるのを見て、彼は今どうしているかな、と黒い大きな獣を思い出した。
喪服に積もった雪はすぐに溶け、暖かい春の到来を知らせた。
そして、すっかり世界が春色に染まってからやっと私はお城に戻った。
すぐに戻らなかった理由?風の吹くまま水の流れるまま、気ままに生きたい思いが心を支配したから。
強い彼なら一人でも大丈夫だろうと勝手に高を括って、何気無い気持ちで彼の心を踏みにじった。




春の景色の中で見る夏の庭と冬の庭は一層美しく、遠目に見ても幻想的だ。
普段はずっと外で薔薇を手入れする黒い獣を探して、迷宮のような庭を歩き回るがどこにも彼はいない。
初めて、彼がいなくなってしまうのではないかと思えた。
私が放っておいたばかりに、枯れてゆく薔薇のように。

「黒い獣さーん! 黒い獣さーん!」

今まで出したことも無いような大きな声で裏庭も探していると、そこには異様なほど高く積まれたキャベツの山があった。
春になったらキャベツを作ろう、いつかこの庭の時間が動き出したら、一緒に農作をしよう。
一時の戯れの会話が、鮮やかな冬の記憶が蘇る。
必死にキャベツを手でかきわけていき、求めるものを見つけようとする。
キャベツの春の香りの中で、黒い大きな顔が現れた。軽く頬を叩いても、声をかけても彼は目覚めない。
ねえ、死んでしまったの?
あなたは絶対死なないと思っていたのに。
ねえ、死なないでください。
いつだか私、あなたがあまりに泰然自若としているから、神さまみたいって冷やかしましたね。
でも、本当はあなたの思いやりに気づいている。
許してください。
人間の私の勝手で奔放な行いを、許してください。




全く涙もろい方ではなかったのに、双眸の視界が歪むように透明な涙がぽたぽたと落ちて、彼の胸に落ちた。
すると、あっという間に黒い大きな獣は赤く長い髪を持つ大きな人……ではなく神になり、ゆっくり立ち上がった。
そのあっけなさに、つい流れる涙も止まってしまうほど呆然とする。

「何を見ている。昼寝をしていただけだが」

獣の時より大きくなった丈に、輝く後光が現れ、真っ赤な瞳に見下されようとも、全然畏れ多さを感じない。
そのことが、何だか非情におかしい。

「そうですか、心配して損しちゃいました」

「何を言う、おまえはもっと我を心配した方が良い。おまえを離したら戻りが遅くなることを覚悟はしていたが、待ちくたびれたぞ」

「ごめんなさい……あれ、私が戻ってくることは、確信していたのですか?」

「我はヒカリを信頼しているからな。だが、我は神だ。例えおまえが何をしようが、欲しいものは必ず手に入れる」

「わかりました〜。あの、神さま、これからもよろしくお願いしますね〜」

町でふらついている間に見つけた、綺麗な青い羽。
それをそっと後ろの手に持つ。
いつか、この羽を渡せる時が来ますように。




お城の時間は動き出し、夏の庭と冬の庭はどちらも春の庭になった。
従者の一人もいないこの城は、神さまが一人で作ったらしい。
だからあんまり人間を知らない世間知らずなんですね、とからかうと、お返しとして色々なことをやられたものだ。
それはここでは書かない。
ここには、春の庭を畑にして農作に勤しむ私を見つめながら、豊作パワーだか何だかを送っている憎めない神さまの話を書くだけで十分だろう。
時間の動き出した城で、私が枯れ果てるその時まで、神は見守ることにしたのだった。
また、自分が一人になることを知りながら。





夏の庭と冬の庭
(結局どうして獣になっていたのか、教えてくれないんですね)




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