(チハヤ×アカリ)
オレンジのポップな服に、大きな黒いリボン。小さなドレッサーの鏡に笑ってみせるけど、なんか自分でも似合わないって思う。このリボンを付けた途端に、汚れた人形になった感覚がする。うーん、もうちょっと髪の毛とかした方がいいかなあ?普段気にしないから、肌も日焼けしてるし!到底陶器のような白い肌にはなれない。手袋を外すと、慣れない作業で豆だらけになった手が出てくる。あーあ、全然可愛い女の子じゃないなあ。いつもはそれでいいんだけど、ため息が出ちゃうのはどうしてだろ。
キルシュ亭の扉を開けると、そこにいたチハヤが振り返った。ラフなエプロン姿にふわっとした癖毛が、もうたまらなく可愛い。紫の大きな瞳をまたたきさせて、「いらっしゃいませ」と、人形よりも綺麗なお顔があたしを出迎える。
「お一人さまですね、こちらの席にどうぞ」
「うん……えっと、オレンジパイ一つ!」
「かしこまりました」
何か反応を期待してみたが、彼はいつも通り、それどころかあたしの名前すら読んでくれないまま厨房へと入っていく。ああ、やっぱり変だったのかな!?このリボン!マイちゃんに感想を聞こうとしても、今は留守にしているのか全然見当たらない。もう顔から火が吹き出そうなほど、恥ずかしい。そうだ、もうこのリボン外しちゃおう……そうすれば、普通に……。
「お待たせしました、お客様」
リボンに手を伸ばした瞬間、いきなり背後からすっと出てきたチハヤにビックリしていると、テーブルの上にオレンジパイと白いコースターが置かれ、コースターの上に細長いグラスに入ったオレンジジュースが乗せられる。
「えっ、あたしオレンジジュース注文してないよ?」
「僕からのサービスです。では失礼します」
声をかける暇もなく素早く再び厨房に行ってしまう。あんなに避けられるほど、あたし気持ち悪いのかなあ?と、半ば涙目になりながらグラスを持ち上げてオレンジジュースを飲むと、甘酸っぱい美味しい味がした。ん?白いコースターに何か、黒いボールペンの文字が書いてある。
『君の頭に付いてるリボン、よく似合うね。妖精みたいに可愛いよ。まあ、僕以外の誰かとのデートのためなら許さないけどね』
走り書きで、乱暴に。いっきに張り詰めていた緊張の糸がほどけた。手付かずのオレンジパイをその場に残して、あたしは勢いよく立ち上がる。
(はーあ……反則でしょ、あの可愛さ)
僕は厨房の壁にもたれて、わかりやすく頭を抱えていた。先ほどここにやってきたアカリときたら、大きな黒いリボンを頭にちょこんと乗せてオレンジのアカリらしいポップな服に包まれて、本当にもう妖精かと思った。とびきりの明るい笑顔を僕に向ける、僕だけの妖精。
「チハヤーッ!」
かけ声と共に背中に軽い衝撃を感じ、同時に太陽の暖かい香りが舞い上がった。
「あたし、チハヤに見てもらいたくてお洒落してみたの。ただ、似合ってるかどうか、すごく不安だったから……だから、とっても嬉しい!」
僕の背中に飛びついた小さな妖精は、バタバタと足を動かしている。石のように重い理性をぽーんと放り投げられそうな、浮かれたつ気分になる。
「うん、あんまり可愛すぎるから、いつものアカリのままでもいいけどね」
彼女の羽は、僕が食べたことにしてしまおう。僕の隣に立つ足と、眩しい太陽のような笑顔と、アカリの全部がここにあるように。
オレンジの妖精
(君への想いは、陽気なオレンジ色!)