(タオ×ヒカリ)
配布元→jachin


1.あの噂は本当ですか

「チハヤさんに料理を教えてもらっている、という」
「はい、本当です。美味しい料理を作れるようになりたくて」
「チハヤさんは料理がお仕事ですからね」
「そうですね。仕事、といえばタオさんにも釣りを教えてもらっていますね」
「教える、というほど大層なものではないですが…でも、それだけではないですよね?」
「もちろんタオさんとお茶を飲んだりお話をするのはとても楽しいですよ。お友達になれて本当に嬉しいです」
「私もヒカリさんにそう言ってもらえて嬉しいです。では、明日は料理の材料となる魚を釣りに行きましょうか」
「わあ、ありがとうございます。がんばります」


2.どうして今まで気づかなかったのでしょう

彼女の友達は、私だけではないと。
最近はお忙しいのか、前ほど頻繁に来なくなった。
町の住人の方や、野生動物に会いにいっているのでしょう。とても彼女らしいです。
漁協では、以前と変わらずリーナさんが週1でやってきます。釣り用具や魚などを買われているようです。
「今日はタオさんの好きな魚の煮つけを作ってきました。どうぞ」
食べると、いつもの美味しい味がした。しかし、以前と違って柔らかみが増して香りが良くなっている。
「とても美味しいです。少し味付けを変えましたか?」
「はい、ヒカリちゃんに教えてもらったんです♪」
目を見開く私の顔を見ながら、リーナさんは続ける。
「同じ牧場経営してる同士で、たくさんお話してるんです。チハヤさん直伝のレシピを私も教えてもらっちゃって。ヒカリちゃんと一緒にいると、とっても楽しいんですよ」
いきいきとして話すリーナさんを見て、
羨ましい、と思ったのは どっちのことなのか


3.居心地の良さは否めません

先ほど、私はウナギどんぶりを多く作りすぎてしまったため、ヒカリさんにおすそわけすることにして、雨の中ヒカリさんの家までやってきました。
お会いするのは久しぶりでしたが、笑顔で家の中に招き入れてくださったので、彼女と二人でお茶を飲んでいます。
その懐かしく心休まるひと時は、おじ達と一緒にいる時とも違う優しさがありました。
「タオさんとこうしてお茶を飲むのも久しぶりですねぇ」
私は湯飲みをテーブルに置いてから、うなずいた。
「牛さんや鶏さんが増えてから、あまり時間が無くなってしまって…」
「私がお手伝いいたしましょうか」
「いえ、いいんです。動物が飼えて、やっと憧れの牧場生活ができたので、もっと自分の力で頑張ってみたいです」
疲れもはねとばすような明るい声で、彼女は言う。
雨で濡れた体が 温まるのを、感じた


4.大切にしすぎるのも考え物です

ヒカリさんの手の中でぼっきり折れている釣りざおを見て、そう思いました。
「私が隣にいたから良かったのですが…あのまま引き込まれてしまっては大変でしたよ。どうして竿を離さなかったのですか?」
そう問いかけても、彼女はうつむいて黙っていた。川に落ちそうになる所を押さえたため、服がよれよれになっている。
「あの釣りざおは古いものですが、あまりに大きな魚が食いついたら、折れる前に引きこまれてしまうこともあります…と、前にお話しましたよね」
それ以上問い詰める様なことは言いたくなかったが、決して竿を離さない彼女の姿から、何か意志があったのかと気になっていた。
何故、そこまで大切にしているのか。
「私…」 ヒカリさんが口を開いた。
「…初めてタオさんから貰った釣りざおだから、なくしたくなかったんです」
彼女は折れた釣りざおを愛おしそうに握りなおし、首をこちらに曲げて苦しそうに笑った。目元が涙の雫で、きらきらと光っている。
私は驚きそうになった声を飲み込みながら、自分があげたものだからなのか、それとも初めて貰った釣りざおだったからなのかを考えた。
「う〜ん、そうですねぇ。今度は、私と一緒に新しい釣りざおを買いにいきましょうか?」
他の自分のお古をあげる手もあったが、また同じことがあるとも限らない。彼女が一人で釣りをしてる時だって、勿論ある。
「はい。でも、新しいのは買いません。この釣りざおをラクシャさんに直していただきます」
「…え?そうすると、持つ所はそのままになってしまいますが…」
「それが良いんです。私はこの竿だから、釣りが楽しいんですから」
屈託もなく言い放つヒカリさんに、とうとう私は、顔が赤くなるのを止められなかった。
後日、ぼっきり折れた竿は、ラクシャさんに立派に修理してもらって、以前よりはるかに強固なものとなった。
しかし持つ所は、私の手とヒカリさんの手によってすりへっている木でできた、あの古ぼけた竿だった。


5.恥ずかしがっても遅いです

今さら、彼女のことを好きだとわかってしまうなんて。
もしかしたら彼女には、他に想い人がいるかもしれない。
それでもいい…とは言いきれないが、告白する決意もない。
せめてもの思いを表現しようと、あることを提案してみた。
「ヒカリ、と呼んでもいいですか」
ドキドキしながら返答を期待してみたが、ヒカリさんは口を開けて私を凝視している。
「えっと…だめでしたか?」「あっ、ちがいます。そうじゃなくて…」
ぶんぶんとカオの前で手を振って、首をかしげて、
「タオさんは、どなたのこともさんとかくん付けで呼んでいるので、何でかなあ…って、考えちゃって」と言った。
「それは、その…」私は口ごもった。上手く言うには、どうしたらいいのだろう。
「ヒカリ、と呼んだ方がよりあなたと仲良くなれる、と思ったからです」
つっかえながら言い終わった私は、再び彼女の顔に驚きが表れているのを見て、自分があまりにも正直に言いすぎたことに気づいた。恥ずかしさのため、顔が見えないように、深く頭を下げる。
「すみません…うまく、伝えられなくて…」
しばらく沈黙が続いて、私が顔をあげると、彼女はほころぶように笑った。
「私はタオさんって呼びますけど、それでも私達、もう元から最高に仲よしですよ」
そう言って、私の手を握る。「そうですよね?」
屈託の無い笑顔に、私も頬を緩める。「そうですね」
「それでは、あの…。言いたいことがあります」
次にヒカリと呼ぶ時は、私の告白を終えてからにしましょう。


6.友達であることをやめました

やめたはずなんですが、私達の距離は、全く変わりません。
今は、ひととおりの仕事を終えて、ヒカリと夜の町を散歩しています。
「タオさんは、夜もけっこう遅くまで起きているんですか?」
「いえ、夜釣りの時だけですよ。しかし、いつも天気の良い日は、お昼寝をしてしまいますね〜」
「ぽかぽか暖かくて、良い気持ちですからね〜」
いつもどおりの、他愛もない話をする。ふと見上げると、薄桃色の花びらが一枚落ちてきた。
教会に向かう階段をのぼると、辺り一面にサクラの花が咲いていた。
暗闇の中で、淡く見えるその花びらは、2人の周りを静かに通り過ぎていく。
「きれいですね…」私が思わず、つぶやいた。
「そうですねぇ…」ヒカリも、つぶやく。
もうすぐ花祭の季節になる。しかし、二人だけで見るサクラの花は、また違う魅力があった。
私達は何も言わずに、手をつないで立っていた。
距離は全く変わらなくても、私は幸せです


6.恋人って何をすればいいんでしょうか

突然そう聞いたのは、ヒカリです。
私は、戸惑ってしまって、声が出てきません。ヒカリも黙っているので、辺りに沈黙が流れます。
「…では、」しばらくして、あることを考えついた私は、口を開く。しかし、平静な顔をしていられるだろうか。
「いつも私の方からキスをしているので、ヒカリの方からキスをしてくれませんか」
数秒置いて、ヒカリが顔を真っ赤にした。珍しい、彼女がここまで照れることはあまりない。
「わ、わかりました」おずおずとヒカリが近づいてくる。「あの、しゃがんでくれますか?」
私は、腰をかがめて、ヒカリと目線を合わせた。髪の毛と髪の毛とが触れて、頬に優しい口づけを感じた。
ヒカリが、ゆっくり顔を遠ざける。その顔をずっと見つめ続けていると、彼女は照れて頭をかいて目をそらしてしまった。
彼女が離れてしまう前に、私もすかさずお返しをした。ヒカリの顔が熱い。
「わあっ!」大きな悲鳴。「び、びっくりしましたよ〜…」彼女が目を彷徨わせて、わたわたしている。
「すみません。でも、とても嬉しかったんです」私が言う。「ヒカリが本当にキスしてくれるなんて」
その後は、二人で笑いあった。ちょっと気恥ずかしいけれど、ヒカリも私を想ってくれていることが、とても嬉しかった。
「タオさんを大切にしたい。ずっと一緒にいたいです。だから、喜んでくれてよかった」
そろそろ私達は、恋人ではなくなるのかもしれません。
伯父に水色の羽織を貸してもらおうと、そんなことばかり私は考えていました。








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