(神ヒカ+タオ)
神と女神がこの土地を守るならば、私は海神にでもなりたかった。
「ヒカリさん、もう日が暮れてきました。体が冷えてしまいますよ」
燃えるような太陽も沈み、海は底がみえなくなっていく。洋服ごと肩まで水につかり、膝を抱え込んで座り続けているのに、体の温かさを一つも感じられない。髪や顔からぼろぼろと塩がこぼれては、波が優しく拭っていった。
「大丈夫です」
一時の沈黙は、全然大丈夫じゃないでしょう、という彼なりの警句だろうか。私のことなど、ほっといてくれていいのに。友人の彼はとても優しく心遣いのできる人だが、こんな時はおせっかいにも感じる。
何も、知らないのに。
「タオさん、もうお帰りになったらどうですか?」
「いえ、私も少し、海を眺めていようかと」
それ以上は口出しも出来なくて、私は押し黙って波の音を聞いていた。
背後には、微かな呼吸音。
本当に優しい人。私の態度が冷たくても、変わらずに接してくれる。本当に良い友達。
空には、一番星がきらり。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
海神になったら、海のうえでぴかぴかと光る、皆の目印になりたいな。
青い白い泡をぶくぶく吐いて、その中に綺麗なものを閉じ込めて。ぱちんと弾ければ、誰もが笑顔になる魔法。
神さまも女神さまも、一緒に微笑んでくれるの。
この大地に立つと、いつもあなたの存在を近くに感じる。だけどそれは熱ではなくて。掴もうとしても、掴めない。捉えようとしても、酷く曖昧で。
確かにあなたはそこで私を見てくれているのに、私はどうしようもなく不安で寂しくて、耐えきれない。
普通の人とは違うのに、神にはなれない中途半端な立ち位置。
この生身の体に宿る神の子は、自分には重すぎて。
私は、ちっぽけな人間でしかないのに。
「ヒカリさん」
ほら行きましょう、と肩を支えられてのろのろと立ち上がる。ちらっと見た脚が濁った青紫色をしていて、これは自分の脚ではないとも思えた。
「…タオさん」
「何ですか?」
「もし、もし私が……」
神さまと結婚した、なんて言ったら笑いますか?と、聞くことができない。想像の中の彼は、意外に驚いたり苦しげに笑ったり真剣な顔で見つめてくる。どれであっても彼は彼で、どの答えでも結局私の苦しみは解放されない。
この苦しみは、同時に大きな幸せでもあるのだから。
「あなたの友達じゃなかったら、今頃深い海の底で眠っていたかもしれません」
自分で沈んだきらきら光る宝物が、やがて海神と化すように。
この手を伝わる熱は、ただの人間であることを思い出させてくれる。この熱が、私を体に繋ぎとめる。
私と神さまの子が、どうか彼にも幸せをもたらしますように。町の人たち、世界に祝福されますように。
皆を、導く光となりますように。
神さまと女神さまが住むこの土地で、私は人間として生きていく。
海神
(神と人の間で、揺れる波)