(魔法使い×ヒカリ)


計算に、行き詰まった。サラサラと動かしていた羽ペンを、ゆっくりと机上に置く。
乱雑に置いてある古書の中から資料になりそうな物を見つけ、各時代の星の周期の情報を確認する。紙をチェックすると、確かに記述は合ってはいる。ということは、他の方法を考えるか各時代の周期と照らし合わせてまた計算していくしかない。
今やっている作業は、精密な星の周期の調査だった。おおよその動きなら三億年後ぐらいまでわかるが、年々のあらゆる可能性を考えると、まだまだ不確かな事柄が多い。近年の天体の状況から、少しずつ少しずつ、正確に数値を割り出していく。そんな地道な作業を続けていたが、一億年辺りで脆くも座礁した。そして、現在に至る。
(……はぁ、むつかしいな…)
一旦計算を中断して、天体図鑑の頁を捲る。かなり色褪せてしまっているが、様々な星の写真を見ているだけでも、わくわくが止まらない。
1億年…というと、俺もまだそんなに生きていない。神様や女神様、魔女は、もっと長く生きているのだろう…。
俺も、これから先ずっと生きて、計算した天体の様子をこの目で見ることができるのだろうか。
そして、1億年後も、またその先の星々の動きを計算するのだろうか。

「魔法使いさん、計算が終わったんですか?」

突然声をかけられて、驚いた。右を向くと、俺が用意した簡易な椅子にちょこんと座ったヒカリが、じっと机上の紙を見つめている。
計算に夢中になりすぎて、忘れていた。午前中から、ヒカリが訪問していたことに。
計算をしているから話が出来ない、と本人に了承を取ったため、ずっと傍で待っていてくれたのだろう。窓には暗い闇が広がっていて、既に真夜中になってしまったことがわかった。

「……ヒカリ。待たせて、ゴメン」
素直な気持ちで、謝罪した。

「いえ、私が魔法使いさんと一緒にいたいだけですから。
…星の動きを、計算してたんですか?」
俺の周りに広がる、星に関する膨大な資料を見下ろして、ヒカリは言った。

「……そう、ずっとずっと、先まで」
「それはすごいですね」ヒカリが素直に感嘆する。
「未来の星を、魔法使いさんが計算した天体を、この目で見たいです」
しみじみとそう言って、改めて計算を見つめなおしている。

未来の天体を見たい、と言われたのは始めてだった。
天体の予測をしていると言うと、何故そんなことをしているのか?という問いをする者が多い。実りある農作のため、災害の避難のためなどの答えを期待するらしいが、生憎俺には、そんな理由は全く無い。ただ、純粋に、知りたいだけなのだ。
だから、率直に感想を述べたヒカリの言葉に、俺は少し心が救われたような気がした。俺が天体を調べているのは、無意味じゃなかったと。ヒカリが喜んでくれた、と思うだけで意味があったのだと。
……そこまで嬉しくなるのも、以前には考えられない、不思議な気持ちだ。

「……わからないことが、ある」
「魔法使いさんに、わからないことですか?」
「…一億年後の天体の動きが、正確にわからない…」

ヒカリがこんな複雑な計算を、すぐに解き明かしてくれるとは思わない。むしろ、解き明かさないでほしい。
俺には求められない、ヒカリだけの答えがあるのだろうから。

「うーん、そうですねぇ…。千万年後に、また計算するのはどうでしょう。その頃には、もう今からの一億年後に達します」
そう言って、尚も悩みながらも、つらつらと続ける。
「それに、1億年後に、自分の目で見るのが一番良いんじゃないでしょうか。何より、机の上の数式も綺麗ですが、本物の星はもっと綺麗だと思うんです」

言い終えたヒカリが、俺の顔を見つめる。真っ直ぐで、星の光のような瞳。
その瞳に、無数の星々が、輝いている。

「……そう、そうだね…」
俺は、やっと返答した。ヒカリが俺の顔を、更にまじまじと見つめている。
きっと、それほどまでに俺の顔は、みっともなく破顔しているのだろう。

「……ヒカリの答え、すごく、好きだ」
どんなに俺が頑張って出した答えでも、ヒカリの答えには敵わない。
君は、長く生きてきた俺のわからないことを、教えてくれる。

「私も、魔法使いさんの計算が好きですよ」
ヒカリはそう言って、やわらかに笑う。



(…1億年後も、ヒカリと一緒に…)
本当に、現実になるような気がして。

俺は、開いていた本を、そっと閉じた。




君の答え






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