(ジュリ→←←←ヒカリ)


血がこれぐらい透明な赤だったら素敵なのにな、と私は香水瓶の中で揺れる赤い液体を眺めながらぼんやりと思った。きっと、この薔薇から作られた香水のように、芳香だって良い物になるに違いない。いっそのこと、体内の血液全てを薔薇の香水に代えてしまったらどうだろう。もしも自分が無機質な人形になってしまったら、そうしよう。

「ヒカリ―、お茶淹れたわよー」

遠くから聞こえる呼び声に返事し、急いで香水瓶を戸棚に並べて向かおうとすると、擦り切れた軍手からほつれた糸が、戸棚の端に引っかかってしまった。衝撃が伝わり、戸棚が揺れる。硝子の瓶が落下していく様を、呆然と口を開けて見守っていた。硝子が割れる音が、遠い。
赤い液体の飛沫が、緋色の絨毯に染み込んでいく。元の透明な赤を失った液体は、絨毯に染み込んで暗い色を滲ませている。
途端、噎せかえる程の薔薇の匂いが部屋に充満する。一滴だけなら華やかなその香りも、一瓶全てとなると呼吸さえも苦しくさせる。多くの薔薇の死骸で肺を埋め尽くしたような、苦しさだった。

「今の音なんなノ!? ……あら大変! 掃除するからじっとしてて」
「あ、あの、私が片付けますから」
「ダーメ! 硝子でヒカリの指が傷ついたら嫌なのヨ」
「私、軍手してるので大丈夫ですよ」

箒と塵取りを持ってくるジュリさんを待たずに、私は硝子の欠片を拾い集める。幸い大きな破片ばかりなので、片づけるのは簡単だった。問題といえば、この匂い。

「ヒカリったら、アタシの言ったこと、聞いてなかったの?」

ジュリさんは匂いのことなど全く気にしてないように、私の心配ばかりをしていた。その軍手ももう捨てた方が良い、硝子の破片が刺さっているといけない、とかとか。

「ヒーカーリー。さっきからずっと上の空ヨ」
「……えっ、そうですか?」
「そうヨ〜。ぼんやりさんがもっとぼんやりしてたら危ないんだから」

ジュリさんにはわからないのだろうか、噎せかえるほどの薔薇の匂いが。

「ジュリさん」
「なぁに?」
「香水を全部零しちゃって、ごめんなさい」


ジュリさんは大きくまばたきをして、濡れた床を軽く撫でてから、小さく笑った。

「良いのヨ。部屋が薔薇の香りでいっぱいだなんて、ステキじゃない」

そうだ。ジュリさんには、咲き誇る薔薇の花束が部屋中を華やかに飾っているような、そんな感覚に思えるんだろう。私のように、薔薇の死骸に溺れそうだとは微塵も思わないのだろう。
もしも血から薔薇の香りがしたならば、それは何て素敵なことなのだろう。香水なんてものを作らなくても、自分の香りで相手を誘うことができる。そう、他ならぬジュリさんのことを。だから今日も私は、薔薇の死骸に溺れる夢想に、胸を焦がし続ける。


薔薇の死骸に溺れる
(死骸の寄せ集めが、美しいだなんて) 




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