(♀+♂)
『ラプソディーが流れる空へ』
柔らかなライラックが浮かぶ澄んだ菫色の小川は、ゆっくりとゆっくりと雲と星を運んでいく。緩やかな太陽の炎の中に燃やされ、すっかりさっぱりした空は、段々と爽やかなスカイブルーを帯びるだろう。
「タケルくんは、今日も早起きだね?」
常に眠気を孕んだ瞳が、今は正しく夢見る瞳。少し寝癖の残る茶髪の後頭部から回りこんで、彼の瞳を見る。まるで、一本の樹が芽から大樹になるまでずっと見届けるかのようなまなざし。
「うん。早起きは、三文の徳っていうらしいからね」
「へえ……あの小さなお星さまを綿菓子味の薄桃色の雲で包んで、口に含んでかちりかちり噛み締めるの。そうしたら、三文の得になるかな」
三文小説にも劣るかもしれない戯言だけれど、この儚い時間の遺物を見られるのなら、徳にならずとも得として私を楽しませてくれると良い。私の思考は未だ、夜の褥に転がったままだから。
「なるよ、ヒカリが望むなら。例え、その心が永遠に夜を抱いても」
ふと、己の肩に温かいブランケットがかけられた。視界が暗転していく。朝風が吹き抜ける窓際は涼しい。穏やかな朝方に、優しいおやすみを告げられて、私は寝室に運ばれた。
(ヒカリ+タケル)
『パストラルに過ごす日常』
眩しい太陽が照りつける前に、栄養溢れる愛しい野菜達を町に持っていかないと。みずみずしいカブやジャガイモは、中がぎゅっと栄養でつまっているために大変重い。もし道半ばで眩んだら、どこまで転がっていくだろう。私の自慢の野菜達は。
「どうも、アニスさん……その野菜は?」
「おはようございます、チハヤさん。私、この野菜を町まで運びますの。宿屋の料理にお使いになるんですって」
「それなら、僕も持つよ。町に行くついでで」
彼は庭の家庭菜園に水をやり終えて、私の持つ大きな野菜入りの籠を乱暴に受けとった。足取りは終始殊勝だった。不意に彼から飛び出すハミングが、よく聞く笛の音のメロディを辿る。
「その曲、チハヤさんらしくて良いですわね」
「僕、らしい……ねぇ」
青年は冷笑気味に、肩をすくめて歩く。その様子は、警戒してそっぽを向くしなやかな美しい猫のよう。
「野菜運び、手伝って下さってありがとうございますね」
「別に……ついでだし」
気怠げな背中を呼び止めて、春の素晴らしい野菜の贈り物を両手いっぱいに差し出すと、ああ、白い不器用な花がぽろっと咲いた。
(アニス+チハヤ)
『爽快なコンチェルトでGO』
火花が飛んだのはハンマーと鉱石の衝突では無く、心と言葉の火薬が花火となったからだろうか。クラッカーのように軽く、ポップな紙吹雪が舞う。眼鏡のテンプルがずれ落ちた。
「その眼鏡、交換した方がいいんじゃねーの?」
傍らで共にハンマーを振るう奴の顔には、太い黒縁のごつい伊達眼鏡が。軽妙に首を傾げてもずり落ちないフィット感、透き通ったレンズ越しの瞳がウインクをかましてきた。
「いや、ネジを調整すれば事足りるじゃろう。しかしお主、最近眼鏡をかけている時が多いが、視力が悪くなったのか?」
「違うって。俺の視力は通常通り健全で、これは伊達眼鏡。お洒落なの、お洒落」
「採掘の時に眼鏡なんて、邪魔だと思うがのう」
小粋な若者の考えることはわからんわい。眼鏡が無いと、この薄暗い洞窟の壁すら見えないというのに。邪魔な思念が入り込まなくて良いとも思うが、不便この上無い。ハンマーを振った時の動きで床に落ちた眼鏡を、己の足で踏み潰してしまうこともあるのだから、兎角面倒なことだ。これらは全て今起きた事実である。
「眼鏡が壊れたら、もうわしは鉱石が何処にあるのかさえわからん。帰る」
「パット、待てよ。一人じゃ帰れねーだろ。俺の手に掴まれ。一緒に帰んぞ」
「む、かたじけない。その伊達眼鏡、よく考えればゴーグルみたいで良いかもしれんな」
「ああ。それにいつでもフォトフレームを眺めるようで気分が良い」
動画が何枚もの静止画で成り立つ様を意識して視ることが、だろうか? 随分と変わり者だ。彼奴はそうまでして、何をその脳に収めようとしているのだろう。
(パット+ユウキ)
『タイでジグもお洒落に』
水色の髪は光を反射させ、麻で出来た異風な服は使いすぎてくたくたに。細められた瞳と面長の顔立ちを見ていると、東洋のセンスは私には持ち合わせてないのかもと焦ってきてしまう。
「正式の場で紋付袴は何かと大変だし、もし結婚する時ここの教会には合わないわよ。タオさんもタキシードを用意しておいた方がいいわね」
「はあ、しかし、叔父は是非紋付袴を使うようにと……。私には、反対する意思を示すことは出来ません。それに、結婚する機会もありませんし」
「あら、それはわからないわ。試しに試着してみない?」
渋る彼の柔い背中を押して、簡易的な黒のタキシードを手渡して試着室に閉じ込める。無理に出てくる様子も無く、店内の洋服を畳みなおしたりしていると、おずおずと彼は出てきた。姉ほどでは無いが、自信の無い人だなと思う。
「ええと、これでいいでしょうか。慣れませんねぇ」
「ダメ。タイが思いっきり曲がってるわ」
お節介にも直そうとすると、彼の首元に手がやっと届く高さだったため、タオさんは苦しそうな声と共に首を折り曲げた。何やらぼきっという鈍い骨の鳴る音もした。手を放すと普通に首を動かしているから、大事ないだろう。冷や冷やした。
「うーん。やっぱり、タオさんの雰囲気とは違うわね」
直線的な服のラインが目立って、細長い印象が強くなる。慎ましやかな喪服ならともかく、結婚式の新郎にでもなったらひ弱で軟弱に見えることこの上ない。恰幅の良いあの水色紋付袴こそ、彼のような人が生かすことが出来る華やかな礼服なのかもしれない。
「そうですか。でも確かに、自分だけあの袴だとそれはそれで目立って困りますね……」
「そうよ。それに、新婦のウェディングドレスとちぐはぐになっちゃうかもって所が私は心配よ」
だからそんな機会は……と、彼は苦笑して首元を緩める。怪しいし、悔しい。タキシードの負けみたいで、気に入らない。静かに着替える彼を待ちながら、私は和風な洋服のデザインを姉に相談しようと考えていた。
(ルーミ+タオ)
『気紛れなセレナーデは躊躇う』
爽やかな風に吹かれて、牧草とチーズの香りが運ばれてくる。その中に、異質な残り香を見つけた。聞き覚えは無いのに懐かしげなギターの音色が、それを彩る。
後ろ髪を引かれるようにそちらを見やると、黄檗色のタンポポの輪の中心に座りこんで、牛小屋の木の壁に背をもたれかけてギターを爪弾くカルバンさんがいた。
「あら、こんなところまで珍しい。カルバンさん、何かうちの牧場に御用ですか?」
「ちょっと牧場の娘さんに会いに……なんて、冗談は良くないね。そう、宿屋のお使いで美味しいチーズを頂きに来たんだ。帰る前にこの素晴らしい景観を堪能しているんだが、仕事の邪魔をしたかな?」
「ええ、ちょっぴり。あなたから香る、黄色い香水が気になってしまうの」
ムーンドロップ草の、明るくて優しい朗らかな香り。それでいて夜の艶めかしさを仄めかせる側面が、彼の無骨な素肌から漂う。
「なんだ、俺自身のことじゃないなんて、少し残念だな」
「違うにきまってるでしょう、もう!」
「はは、悪かった。拗ねないでくれ、お嬢さん」
調子の良い言葉をはく、ある日ふらっとこの土地にやってきた考古学者カルバンさん。彼は今、春の暖かな日差しの下で、愛の歌を口ずさみながらギターをかき鳴らしている。口調といい行動といいかなり軽薄であることは間違いなく、私はそれをあまり良しとしない。このままこの土地で住んでいくのなら、もっと腰を落ち着ければいいのに。
「カルバンさん。宿屋にずっとお世話になっているようでしたら、是非うちで働きませんか? 人手が足りなくて大変なんです」
「えっ……い、いや、俺もまだ解決すべき謎がいっぱいあるからね。男はロマンを捨てられないのさ。それじゃ、また」
ちょっとした冗談なのに、急ぎ足で去ってしまった。大切な忘れ物を野原に残していって。年季の入ったギターを抱え少し弾いてから、ロマンって美味しいのかしら! と呟いた。
(リーナ+カルバン)
『ノスタルジック・エレジー』
お酒を飲むと、アルコールの湖に浸かってたちまち肌が熱を帯びて、眼球の裏側まで容赦無く浸透して、涙だかアルコールだかわからなくなる。頭痛と共に催される吐き気は、朦朧とした意識のおかげで美しい幻のように留めてくれる。夢というには、あまりにも痛くてリアルな幻。
「お前は……コトミか。珍しいな、確か酒が飲めないんじゃなかったか?」
酒場のカウンターで隣の席に座ってくるガタイが良い男の人は、炭鉱で働く青年のオセさんだ。何故隣に座るのだろう、彼の特等席なのだろうか。普段は酒場を避けている私には、何もわからない。
「飲めない、です。だから、ちょっと。ちょっとだけ、飲むつもりです」
酩酊というには十分に呂律が回らないが、今はまだ酒のせいではなく緊張のせいの方が大きい。カクテルグラスの半分も飲めていないし。彼も承知したのか、その件は深くは追求しなかった。
「その手の怪我は、裁縫での傷か?」
放心した絆創膏だらけの左手を指さされ、咄嗟に引っ込めてしまう。また恐る恐るテーブルの上に戻し、無駄に怯える自分を心内で諌めた。
「はっ、はい。ぼーっとしてたらつい……だめですよね、こんなんじゃ」
「そんな時もあるさ。俺も、うっかりして大怪我になりそうな時も少なくない。でも、あんまり酷いと周りが心配するぞ。お大事にな」
厨房を見つめながらカクテルを飲む彼の横顔を、穴が開かない程度にまじまじと見つめた。明るい笑顔や射抜くような真っ直ぐな表情ばかりの彼しか知らないから、こんな風に頼りなく苦笑いするところを見て、別人に会っている気分になってきた。
「オセさんて……二人いるんですね。強いオセさんと、弱いオセさん。私も、強い私がいるといいのにな」
空になったカクテルグラスのふちを、軽くなぞる。彼が、何か言っている。もう、聞こえない。迫り来る巨大なお酒の波に、飲み込まれてしまったから。
(コトミ+オセ)
『夜更かしアラベスクの戯れ』
目を瞑ってリズムを取り始めれば、香しいフルーツが沢山で、人々の交わす視線は密やかに情熱的。そんな饗宴の景色が、この体を艶やかに動かす。海を撫でる夜風も、宴の蜃気楼を恥ずかしそうに見逃してくれるわ。だって、本当は冷たい石畳の上には、私一人。
軽いハミングから次第に、遠い昔に聞いた異国の音楽を歌う。懐かしさというよりは、呪文のような響きに我ながらご機嫌に酔いしれる。伴奏がいなくたって、心では常に誰かが勝手に演奏してくれるものよ。大好きなパパやママだってこともあるし、最近ちょっと気になるあの子かもしれない。BGMは、いつだって勝手にかかるものなの。恋みたいに。
あら。小さな窓を開けて、顔をのぞかせる人がいた。私の歌にひかれるようにこちらを見つめ、歌をやめると同時に窓を閉めようとする。
「ちょっと。せっかくこうして目が合ったっていうのに、それはないんじゃない? 占い師の人」
緩慢な動きは停止し、再びこちらをじっと梟のように見つめてくる。綺麗で魅惑的な緑と金の瞳が、無口でミステリアスな彼の魅力を充分に伝えてくる。
「こんばんは。なぁに、私の歌が気になったの? サービスに、ダンスでも踊ってあげる?」
「……いや、いい」
「つれないわね。あなたがそうやって、私に気づいてくれたの、初めてじゃない」
夜の街道で見かけることはあっても、いつも心ここにあらずといった体で徘徊する彼。他人に興味なんて無い、とでも言うように。普通だったら気に入らないんだけど、そうは思わないの。不思議ね。チョコレート色の肌が、知らぬうちに近しさを感じる原因なのかしら。
「……その歌と、言葉は」
泣くことも上手く出来ない幼児が紡ぐように、声を失くした老人が喘ぐように。年齢不詳の占い師は、時を数えた。
「とても、懐かしい……遠い昔に、聞いたきりだ」
虚空にある朧げな記憶を掴み、呟いて。
「ふぅん、そうなの。いいわね、そういうの」
きっと、自分が予想する以上にノスタルジーな想いがあるんでしょうね。いつも無表情でからっぽな、占い師の人らしくないかも。未だに名前で呼べないのが悔しいから、異国の言葉で適当に名付けてしまおうか。こんな戯れですら、何か意味を持ち始めそう。
静かな夜に橙の灯りが漏れる窓から離れて、踊りながら帰り道を行く。
ふしぎで無口な魔法使いの人。
私が歌う必要なんてないのよ。あなただけの想い出に、メロディーが鳴り響いているんだから。
(シーラ+魔法使い)
『スイートバナナポルカ!』
男の子は蛙とカタツムリ、子犬のしっぽで出来てるっていうの。じゃあ、お砂糖にスパイスに素敵な何もかもで出来た女の子は、男の子に食べられちゃうのかな? それならあたしは、元気な男の子になって女の子を食べたいな。おばあちゃんとそう会話したのは、いつのことだっけ。
「魚っ! 魚っ!釣れろっ魚〜!」
月見の丘を通り過ぎる時、威勢のいい掛け声がした。大水車前まで歩いていって見てみると、浮きを遠くに投げ込んだルークがステップを踏みながら魚を待っている。
「そんなに動いたらお魚も逃げちゃうよ。もっとじーっとしてないと……!」
「だいじょーぶだ! こうやってウキを動かした方が魚の食いつきがいいんだぜっ、多分!」
擬似餌が生きているかのように見えるから、だろうか。その方法が正解なのかどうかはともかく、彼の持つバケツには沢山の活きがいい魚が暴れている。釣果は上々らしい。種類や大きさが様々な魚を見つめているうちに、それぞれが美味しそうな魚料理となって食卓に出てくる様を想像してしまう。幸せな想像に包まれている時にルークが早速魚を釣り上げ、垂れていた涎を慌てて拭き取った。
「大漁大漁! こんなに魚を食っちまったら、DHなんとかでオレの頭も良くなりすぎちゃうな〜。そうだ、良かったらマイが半分貰ってくれ」
「えっ、こんなに!? ありがとう!」
「ああ! 美味しく食べてやってくれ。メシは健康に大切だからなっ」
これで漁協まで魚を買いにいく手間が無くなったということもあるし、ルークが気前良く分けてくれた善意がとても嬉しかった。お礼に何か持ってるものをと思い、お使いで買った野菜や果物の袋を探ってみる。でも、どれが良いのか分からない。
「お、バナナだ!」
「へっ? ルークってバナナ好きなの?」
「大好きだぜっ!チョコバナナも甘くて最高だ!」
屈託無い告白につい無意味に照れてしまいながら、バナナを一房手渡す。その場ですぐにバナナの皮を向き、大口を開けて噛みつきしばらく咀嚼してから、良い笑顔で親指を立ててグッドポーズをしてみせる。面白いなあ、元気な男の子って。
ふと、ルークが何か思いついたようにバナナを一本もぎ取り、あたしに手渡す。
「マイも食べろよ。一緒に食べると美味しさ倍増ってな」
優しい表情は、さっきの元気な男の子とは違ったものだった。
男の子は蛙とカタツムリと子犬のしっぽで出来てるって言うけど、美味しく料理したら、女の子にも食べられるのかな?あたしは完熟したバナナを食べながら、元気な男の子の落ち着かない釣り姿を眺めてみた。
(マイ+ルーク)
『ちぐはぐロンドで大丈夫?』
正直言って、退屈。嘘を言えば、つまらない。あんまり部屋のなかにこもっているとあたしなんかすぐに気持ち悪くなってきちゃうのに、ギルときたら一時間前から変わらない姿勢で一冊の本をゆっくりと読んでいる。あたしに分かることといえば、今日見かけた時は最初の方だったページ数が、今は終盤なんだろうなあってことぐらい。でも、そんなギルの姿を見ながら本を積んだりして遊んでいるのも悪くない。
「よしっ、これを乗っければ本のお城が完成……!」
テーブルの上に10冊ほどの厚い本を組み合わせたお城が、今完成されようとしている。バランス感覚には自信がある、地震でも無ければこの偉大なる成功は既に手に入れたもの……!
「君、本は遊ぶものではないぞ」
凛と澄んだ一声が。ただその一声が、全てのバランス感覚を狂わす。屋根部分の本は無惨に滑り落ち、支柱となる柱部分の本をなぎ倒していく。
「あっ、ああ〜……失敗しちゃった」
落胆して突っ伏すあたしに、何も声をかけない。それどころか、冷ややかな目線を投げかけている。むしろあの集中した大事な瞬間に声をかけないでよと怒りたかったが、言い返す気にはなれない。無言の圧迫は、喧しく怒られるよりも辛い。あたしは鈍感ではないから、崩れた本たちを手早く本棚に並べていく。綺麗に整った本棚を見て、彼はやっと「よし」と満足気に言った。
「本は遊ぶものではない。まあ、客人である君を放置して読書を続行した僕にも非はある。怒るつもりはない」
「怒るつもりって……」
「何か不満が?」
「いっいいえ!全然っ!」
大きく首を振って否定したから、首がじんわり痛くなる。ギルは次に読む本を探すためか本棚の前に行き、背表紙を一つ一つチェックしている。
はあ、ハーバルさんにギルをよろしくなのだよって言われたから来てみたのに。お邪魔になるばっかり。やっぱりあたしは、外に出て体力を使う作業でもやってる方が性に合ってる。
「アカリ、この本を読んでみないか」
しょんぼりしてるあたしに手渡される、一冊のカラフルな本。様々な植物や動物が色鮮やかなイラストで描かれ、分かりやすい説明文と見やすいデザインがとても素敵だ。
「動物や植物などの博物図鑑だ。デザインが美麗なため、見やすいと思う。本には興味の無い君にも、是非興味を持ってもらいたくてな」
「へえー、本ってこんな見やすいのもあるんだ!大人が読んでるのとか、もっと難しいと思ってた」
「ああ。先入観は良くない。本を、知識を得ることが楽しいと思ってくれたら。僕はとても嬉しい」
純粋な子供のように微笑むギルを見て。
「そうだね、先入観は良くない。だから、今度あたしと一緒にその辺散歩しよっ!」
有無を言わさず、運動することや散歩することの楽しさを教えよう。あたしだけが教えてもらうのって、ちょっと悔しいからね。
(アカリ+ギル)
『お転婆サルサは止まらない』
こだわりのシャンプーや化粧水、お気に入りの服に可愛いイヤリング。アタシだって、普通の女の子らしくお洒落が好き。でも、お洒落のために無理をするってのは出来そうにない。
「そうねぇ、マニキュアは少しでもはげたらすぐ塗り直すし、毎日バッチリメイクしてると肌も荒れるのよネ〜。アイシャドウや口紅もすぐなくなっちゃうし、買うの大変なのヨ」
ハモニカタウンでのみ刊行販売されている雑誌に酒場の宣伝を載せるため、アタシはちょっと身なりを整えたくて相談しに来た。都会にいたこともあり人一倍お洒落なオカ……芸術家の、ジュリに。
「メイクってのは特に大変だねぇ。マニキュアとか、爪が長いと料理するのだって一苦労じゃないのか」
「そうなノ。もぉ、彫金加工する時に傷がすぐ付いちゃったり……美を保つのって本当大変なのよぉ」
「アタシにはそこまでは無理かな……よくジュリは頑張れるねぇ? 尊敬するよ」
紫の髪に入り混じる色とりどりのエクステや、上質な素材で出来た奇抜な服装などなど、どんなに時間があっても手入れは尽きることが無いだろう。しかし本人が努力しているからこそ、ジュリには人目をひく魅力があるし、何より愚痴を言いつつも本人が一番楽しそうだ。
「当然よ、アタシは美しいものが大好きだもの。それにアタシが綺麗だったら、気になるあの子にも振り向いてもらえるでショ」
「ふふん、本当に振り向いてもらえるかな? なんて」
「やだキャシー、ちゃんと応援してよネ? アタシのこと」
「さあ、どうしよっかなー」
「悪戯キャシーめっ」と、ジュリに軽く小突かれながら、その体格の違い、仕草の違いに少し目を見張る。こんなに乙女チックなことばかり言ってるのに、確かに男であるなんて。誰よりも乙女な男性。そして、どんな乙女よりも男を知っている。
「雑誌の撮影のメイクのことだけどネ、キャシーは肌も綺麗だしそんなには必要ないワ。軽くリップクリームを塗って、いつも通り元気に笑ってれば大丈夫。洋服も劇的に変えるんじゃなくて、小物を増やすだけで魅力的になるものヨ」
そうして軽く手入れしてもらっただけなのに、まるで魔法にかかったように可愛くなってしまう。本当、お洒落には不思議な力があるようだ。肩肘張らずに、自分らしく。この幸せな気持ちが誰かに伝われば。こんなに嬉しいことはないじゃないか。
(キャシー+ジュリ)
『ノクターンよ、曝け出せ』
雑然として各々が気ままに動く森の奥深くに、静謐な響きを持ち込んできた者は誰? 怖いものを知らないお馬鹿さんの木こりではない、魔女の家に勝手に入ってくる命知らずな牧場主でもない。
凝縮された薬草の香りが染み込んだ白衣を翻し、凹凸のある地面を歩きにくそうに踏みしめる。長い黒髪が丸い大きな眼鏡に、いくすじも引っかかっている。汗ばんだ額に焦燥を訴える瞳が、何かを求めては彷徨う。
「お医者さま。珍しいわね、こんな所に一人で来るような人じゃないでしょうに」
近くの切り株に腰を下ろし、薮の向こう側にいるその人に話しかける。
「あまり、森の奥に入らない方がいいわよ。恐ろしい恐ろしい魔女がいること、あなたも知ってるでしょ」
多大な好奇心から、おどろかすように喋ってみる。案の定、医者は冷静に返事をする。
「君は、魔女か?」
「いいえ、幽霊よ。この暗い暗い森にずっと囚われている、可哀想な幽霊」
「幽霊、か……」
虚空を飛ぶつがいの鳥の影が、映写機のノイズのように過ぎ去っていった。
「君は……私のことを、覚えているか?一緒に波打ち際を歩いたこと、病院の窓から来る小鳥を世話したことを……覚えているか?」
「え? う、うん、覚えているわ」
適当に話を合わせておくと、一拍置いて医者の深いため息が出た。
「なんてね、彼女はここにいない……そうだろう、魔女。幽霊であってもいいから、傍にいたかったのに」
「……ふーん」
「君は、医者の私なんかよりも長い間生きて多くを知っているだろう? 教えてくれないか、人間を生き返らせる方法……とか」
悲痛な感情を、吐き出すように。苦々しい薬草を口いっぱい詰め込まれるように。
「ふん。それがわかるのは、あなたのそのバカが治ってからね!」
アタシは苛々して、医者を置き去りにして森の奥へと消える。医者は引き止めるでもなく、湿った土の上に無力に座っているかのようだった。
人間の短い一生の中で甘く懐かしい思い出は、日常の判断を鈍らせ人を愚かたらしめる。思い出と知識は違う。思い出は人を優しく苦しめて、知識は確かに役に立つ記憶。
さよなら、愚かなお医者さま。あなたがもう二度とこの森に来ないことを、祈っているわ。
(魔女さま+ウォン)
『たいせつなララバイを』
海が広がり緑が育つ大地に、軽やかな音色があまねく響き渡る。
空が広がり雲が浮かぶ天空に、荘厳な旋律が無常へと消え行く。
海と空の果てが交じり、木々の天辺に千切れ雲がかかり、幾千の昼と幾億の夜を繰り返した時。
けして一つになることは無い、果てしない世界の理が、優しく微笑む。
「いつ聞いた旋律であったか……何千年も前に聞いた気もするが、また、遠い未来で聞く旋律である気もする」
全てが繰り返されすぎて、神の予知は、いわゆる人間のデジャヴと同じ曖昧さを持った。
「我の心を痛く揺さぶるのに、また、酷く眠くなる安らかな響きだ」
目覚めては、眠りにつく。泣いては、笑う。生きては、死ぬ。思い出しては、忘れる。
「お眠りになるのですか。ならば、歌いましょう。安らぎと忘却の歌を。あなたが、曇りなき太陽となられるように」
母のように優しく、姉妹のように親しく、妻のように淑やかに、大地の女神の羽が空を抱く。
「ああ、我は眠ろう。再び、時が巡ってくるまで。喜びと覚醒の音が、お前を恵みある土地にするまで」
父のように厳しく、兄弟のように勇ましく、夫のように穏やかに、天空の神は地に臥した。
雨が降り、川が流れ、波打つ海には旅する若人の船。時が経ち、人が入れ替わり、寂れた町には枯れた神木。
溢れる勇気を胸に、輝く光を背にした人物が訪れて、物語は繰り返される。
(神さま+女神さま)