「さてさて、一十木音也と一ノ瀬トキヤがお送りする、トゥインクル☆トゥナイ!始まりました〜!今夜もどうぞよろしくお願いします!」


タイトルコールの後に、音也がいつものように元気に喋り出す。毎週深夜の30分間で放送されるこのラジオは、私たち2人がメインパーソナリティを務めている。これも既に10年以上続いており、音也のトークは随分と磨かれたものだ。とはいえ、私の指導のお陰でもあるわけだが。


「今日はなーんと、生放送!生放送なんてひっさしぶりでドキドキだね!」
「そうですね、ミスしないでくださいよ?」
「わかってるよー!もー!」
「今日はまず最初に、来週発売のST☆RISHのニューシングルからお届けしたいと思います」
「それではお聞き下さい、ST☆RISHで、」


曲のナンバーが音也から告げられると、曲の前奏が流れ出す。私たちのマイクは一時的に入力がオフになり、曲が終わるまでは今日のラジオの流れの確認などを行う時間だ。音也はココアに手を付け、私は曲の終わりのコメントを確認した。


今紹介している曲は、来週発売するST☆RISHの新曲である。
私たちは卒業後すぐにST☆RISHというグループでデビューし、8年。メイが亡くなってからは6年。早いものだ。私はあの時から比べ、自分でも想像していなかったぐらいに芸能活動を普通に出来ている。
でもやはり、あの件を引きずって唯一今、まで通りに出来ないことがあった。歌うことだ。
今までどのようにして発声していたかもわからないぐらいに、喉が言うことを聞かない。感情の込め方なんて、早乙女学園にいた頃に散々思い悩んで身につけたはずなのに、何故か全部思い出せない。ライブなんて、勿論出来たものではない。

特に致命的なのは、新曲を歌うことだった。新しく書き下ろされた曲を歌うことが、こんなに難しいと思ったことはない。
ソロ活動は全面休止、グループ活動だけはなんとか続けているが、ライブだけは休止状態が続いている。メンバーには迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない気持ちが募るばかりだ。
レコーディングは必ず他のメンバーが行った後、最後に一人で行うようになった。七海さんも事情がわかっているため、私のパートが一番少なくなっている。それでも、レコーディングに丸一日がかかるほど、マイクの前に立つということはプレッシャーだった。 まるでHAYATO時代を彷彿させるような精神の疲れ。それでもなんとか歌えるのは、七海さんが作曲した曲だからだろう。メイが作った私のソロ曲は、生前のナンバーでも歌えない。
休止前のラストライブはメイの死後だったため、本当に大変な思いをしながら歌ったのを覚えている。なんとかメンバーの助けで乗り切ったが、あれ以来音楽番組も含めてステージでは歌っていない。

現在は俳優業とタレント業を主な活動内容とし、稀に司会なども行っている。
ST☆RISHとしての活動は、音楽活動としては新曲のリリースとバラエティがほとんど。ライブ活動が出来ないというのは、大きなデメリットでしかない。
早く復帰を、と思うが、まだ歌う自信がないままだ。メンバーも私に無理をさせないよう気遣ってくれるが、音楽活動を休止している私をメイはどう思っているだろうか。


本当は歌いたい。せっかくHAYATOをやめ、一ノ瀬トキヤとして歌うことが出来るようになったというのに、自由になれたというのに…。その期間は2年とあまりにも短いものだった。
過去の自分のナンバーを聞いても、歌えない苛立ちがこみ上げるだけなので、棚の中に収納されたまま何年も動かしていない。
やはり、私は吹っ切れたフリをしているだけなのだろう。ふとしたことで彼女の存在を思い出しては、今でも何をするでもなくぼうっと時間を過ごすこともある。


愛していた。誰よりも愛していたし、こんなに人を愛したことはなかった。愛せると思っていなかったのだ。
自分は、恋愛などというものに左右されず、ひとり平凡な生活を送っていくものだと…そう思っていた。彼女に出会うまでは。
彼女と過ごした2年間…実際には早乙女学園時代を含め3年間は、貴重な時間だった。今までに見たことのない世界を見た気がしたし、この時間がずっと続くと思っていた。なんの根拠もない確証だったが、私に無償ともいえる愛情をくれるメイと、これからも一緒に人生を歩んでいける、そんなふうに思いもした。

私から離れてしまうのが、あまりにも早過ぎるんじゃないのか。あなたは、もう私を置いて行ってしまうのか。
私の音楽活動はメイがいたからこそ成り立っていたものだと、失ってやっと気づいた。





「トキヤー!」
「いらっしゃい、ツバサ」
「すみません、いつもツバサがお世話になっております」
「いえ、私も楽しませて貰っていますから」


メイの姉…ツバサの母が、少女を連れてやって来た。今は金曜日の夜、ツバサは休日を利用して私の家に泊まりに来るようになった。大体2ヶ月に1回のスパンだが、私のスケジュールによっては突然延期せざるをえない場合もある。ツバサは物分かりの良い子どもで、駄々をこねることはない。


「それでは、よろしくお願いします」
「ええ、お預かりします」


メイの姉が踵を返して帰って行く。ツバサは既にリビングに入り、テレビを見てくつろいでいた。
メイの母親が言うには、姉には交際している男性がいるという。こうやってツバサを預けることは、ある意味彼女にとってもメリットなのだろう。いずれ再婚と考えれば、ツバサが少し可哀相に思えてくる。実際に再婚するかはわからないが。


「トキヤあのね、これっ!よーちえんで作ったの!」
「おや、可愛い花ですね」


折紙で折られた赤い花。ツバサは自慢気にそれを私に見せ、微笑んでいる。
5歳になったツバサは、今年から幼稚園に通い始めた。そこで受ける刺激はずいぶんと彼女を成長させた。
子どもの成長とは早いものだ。会う度に背も伸びているように思うし、出会ったときとは顔も変わった。けれどもメイに似ていることには変わりはない。だが…、ツバサの方がメイよりも美人になるのではないだろうか。いや、こんなことを言うとメイに申し訳ない。


「あとねっ、あたらしいうたをおぼえたの!」
「おや、なんていう歌ですか?」
「ちいさなせかい!」
「それなら私も知っていますよ、伴奏するので是非披露してください」
「うん!」


ピアノに駆け寄ったツバサを横目に、ピアノを奏でる。隣で元気に歌う少女は、この歳にしてはかなり安定して歌えているのではないだろうか。
子どもが楽しそうに歌う姿は、やはりいいものである。特有のエネルギーが溢れているし、私もその影響で一層音楽が楽しいと思うことが出来る。
でも、歌うということはまた別の問題なのだ。
ツバサと一緒に楽しく歌いたい。それすらも、今の私では難しい。
少女は何を感じ取っているのかわからないが、私に「一緒に歌おう」と言うことはなかった。暗黙の了解なのか、それとも誰かから何かを言われたからなのかは知れない。


「あっそうだ!きのうね、ほんやさんでトキヤがうつってるほんみたの!」


先日発刊された雑誌のことだろう。音也と一緒に表紙を飾ったそれは、男性向けのファッション誌だ。


「それはこれのことですか?」


勿論サンプルを貰っている。テーブルの上に置いたままだったものを見せれば、ツバサは頷いた。
ピアノからソファへ移動し、その雑誌を捲り始める。


「ほかにもトキヤいる?」
「ええ、いますよ。ここのページと…」


私と初めて出会ったあの日から、ツバサはテレビや雑誌で私を見かける度に反応するようになったらしい。私が芸能界の人間であるということは、やはり知らなかったようだ。 少女にはもちろん私と繋がりがあることを他言してはならないと言いきかせてあるが、少々危ない綱渡りかもしれない。
けれども言いつけをしっかり守っているし、私がそれなりに目立った存在であることも徐々に認識してくれている。こちらとしても、その方がやりやすい部分はたくさんあるのでありがたい。


「となりのひとはだれ?」
「ん?ああ、音也ですよ」
「おとやくん?」
「ええ、やかましい男です」
「ふぅん…」


あってみたいなあ、とツバサが小さく言った。
ツバサを音也に見せると面倒なことになりそうな気がしてならない。この少女のことは、まだ誰にも言っていないのだ。いつかはバレてしまいそうだが、今でなくでもいいだろう。


「トキヤかっこいいねっ」
「そうですか?ありがとうございます」
「トキヤがいちばんかっこいい!」
「ツバサはお世辞が上手ですね」
「ほんとうだもん!」


膨らんだ頬をつついてやると、すぐに笑顔を見せる。
ツバサにとって、私はどんな存在なんだろうか。兄に似たものか、それとも父親に似たものか。
私も、ツバサのことをどう思っているのだろう。ツバサは、つい構いたくなる、一緒にいると心が温かくなる存在だ。出来れば成長を、なるべく近くで見守っていきたいとも思う。少女に欠けている父親という存在の変わりになれるのなら…、でもそこまで願っても仕方のないことだろう。

ツバサと会うたびに、子どもがいればよかったのにと思ってしまう。
せめてメイがいなくとも、彼女との間に子どもがいれば…。私がアイドルという身である以上、若くしての結婚は難しいので子どもなど出来るはずがない。
しかし、子どもがいたら私の人生は全く違うものになっていただろう。歌うことだって出来たかもしれない。私の精神は子どもによって支えられる。

その代役をツバサが担っていると、私は理解していた。少女がいることにより、私のメンタルが少しずつ回復しているような感じがするのだ。
しかし、この擬似的で一方的な関係に頼りすぎてはいけない。
今はいい。でもいつか、少女は大人になっていく。そのとき、少女の中の私の存在は、今とは違ったものになるだろう。
私たちに血の繋がりなどない。いつでも縁を切ることが出来るのだから。

こんなに自分が弱くなってしまったことが、自分でも信じられない。もっと強くて、しっかりしているものだと…思っていた。いやでも、あれだけHAYATOに苦しめられたことを考えれば、そういうわけでもないのか。

悩みは絶えない。でも誰に相談するわけにもいかない。相談されても困るだろうし、私も曖昧な返答などいらない。自分で解決するしかないのだ。
いつかこの少女と、なんのしがらみもなく思い切り歌を歌うためにも。






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