騒ぎが波及する中で、いつもより不機嫌そうに十神クンの顔が歪む。というか、悔しがっているような…とにかく愉快そうな顔ではない。その顔で、彼は小さくなりながらも威圧的な態度で口を開いた。
「貴様ら、この俺を監禁するとはどうなるかわかっているのか!この愚民どもめ、さっさとここから出せ!」
さっきのうるささが嘘のようにシンと静まり返る。
「こんな馬鹿面に俺は誘拐されたのか、クソッ」
監禁…誘拐…?確かに監禁されているのは事実だ。しかし誘拐とはまた違うだろう。僕達は自分の足でこの学園に来たのだから。それに彼の話では、まるで僕達が攫ってきたかのような物言いだ。
「ちょっと、十神ってばどうしたの…?」
「び、白夜様が、き、ききき記憶喪失…っ!??」
「黙れ、気安く名前を呼ぶな!」
彼の言うことは昨日とそれ以前からと一緒にいた僕達にはてんで理解不能だったが、なるほど記憶喪失か。言えているかもしれない。記憶がなかったのなら、いきなり窓を鉄板で閉ざされ監視カメラの蔓延る場所に居たら誘拐、と思い至るのも納得だ。

とりあえず彼もお腹は空いているようで、手前の小さなテーブルで食事をとっている。ちなみに、「貴様らの事は信用できない」と言って毒味をさせてようやくレトルトカレーを食べ始めたのだ。

僕達は中央のテーブルで、用意した食事も手つかずのままヒソヒソと会話をしていた。
「本当に記憶喪失なのかな?」
「違いねぇべ、誘拐されたとか言ってるし」
「だとしたらモノクマの仕業か?」
「それより、あのサイズは何なんですの?」
「び、白夜様が…あんなに小さく…」
「苗木といい勝負だな」
「なっ、僕の方がちょっと大きい気がするよ!」
「本人に聞いてみた方がはやいんじゃない?」
「でも、すごい警戒してるよ。そう簡単に話してくれるかなぁ」
「結果じゃなくて、原因を作った方よ」
ああなるほど、と皆の中で一致する。アイツか。アイツならまぁ、やりかねない。そもそも監禁をした張本人であるし、これもまた殺人に繋がってしまってはどうしようもない。
「どうせ見てるんでしょ!?はやく出てきなよ!モノクマ!」
監視カメラを見つめそう問いかければ、待ってましたと言わんばかりにモノクマが現れた。どんな構造になっているんだろう。
「うぷぷ、呼んだぁ?」
「おいコラ、あれは一体何の真似だよ!」
「え〜?あれってなぁに?キミの頭の変なの?それとも、僕の愛らしい校内放送のこと?」
「ちげぇよ!!」
あれだよあれ、と彼の座っていた方を指差す。その先を視線で追うが、誰もいない。彼は、この世にも珍しいヌイグルミの近くへと歩いていたのだ。
「なんなんだ、この悪趣味なヌイグルミは」
「は?悪趣味だと?どこがだ!こぉんなに可愛い皆のマスコットを、こんなのだと!?」
ギラリ、唯一のクマらしさである鋭利な爪を伸ばし、多分怒った顔をする。状況の理解していない彼では、校則違反になるかもしれない。そう思いモノクマと彼との間に割り込んだ。
「それよりモノクマ、お前は一体何をしたんだ!」
「ナニって、ナニでしょ」
「はぁ!?」
「そこのクソ生意気な御曹司を、ちょっと中学生時代まで遡らせてみました。どう?ウザさ半減するかなぁとか思ったけど、全然かわらないね!うぷぷぷ」
「な、なにそれ!全然意味わかんないよ!」
「んもー、ちょっとは自分で考えろよな!ぜーんぶ答えを出してくれると思ったら大間違いだぜ!最近の若い奴ぁ全く!」
ガオー、と最後にクマらしく咆えモノクマは去ってしまった。
「つまり、」
混乱する中学生時代らしい十神クンや、皆に諭すように声を出した霧切さんの声は、静かなこの食堂によく響いた。
「彼は記憶喪失ではなくて、数年前の姿・思考になってるってことよ」

「身体は思春期頭脳は大人…どうも中途半端ですなぁ」
「全く迷惑な話ですわ。ま、良い退屈しのぎになればいいのですが」
「なんでモノクマはこんな事までできんだよ!」
半信半疑ではあるだろうが、皆一応は納得したようだ。モノクマの奇行にもいくらか慣れてしまったということか。しかし、それに慣れていない人間もいる。今日始めてモノクマを見た、十神少年。
「そんなふざけた話、誰が信じられるか!はやくここから出せ!」
案の定、彼はモノクマよ話を全く理解出来なかったようだ。ここから出せ、とわめき散らしている。
「ねぇ、少し黙ってくれないかしら。ここから出たいのは私達も一緒なの。どこの世界に一緒に監禁される誘拐犯がいるのよ。あなたの身に降りかかった異常はともかく、この状況は理解すべきだわ」
「何だと、貴様誰に向かって口を聞いてると思ってる!」
「十神白夜よ。数年前の。」
「ーッ、そんなはずが、あるわけないだろう…!」
ギッと唇を噛む。口が切れてしまいそうだ。モノクマは一体なんのつもりで十神クンをこのターゲットにしたのだろう。本当に、悪趣味だ。
「信じられないのはわかるよ…それは僕らも一緒なんだ。つい7日前に知り合ったばかりだったけど、君はこの高校の新入生として自らここへ来たんだ」
腕を組み考える動作をする。やはり、彼は十神白夜だ。仕草がそれを物語っているのだから、きっと受け入れるしかない事実なのだろう。でも、
「大丈夫、きっともとにもどるさ!それまでにここを脱出する手掛かりを見つけようよ!」
すっと手を差し出す。自己紹介の時には一瞥もされなかったけど、今度はやんわりと押し返された。少しはマシ、だろうか。
「…わかった。今の所は認めよう。だが貴様らとツルむ気はない。」
「うん、知ってるよ」
やはり中身は変わらない。出来れば元に戻ったとしても身長だけはそのままでいて欲しいものだ。
「それでさ、一応学校の説明とかした方がいいと思うんだけど…」
「あぁ、いつも悪りぃな!」
「苗木っちなら適役だべ」
「うんうん!よろしくね!」
「あの、がんばってね…」
「私はもう2階の探索へ行っても宜しいですか?」
あれ、あれ、なんだか話が決まってきているような、
「フン、さっさと行くぞ。」
とうとう本人からご指名がはいってしまい、ズカズカとドアへと歩いて行く。僕まだ朝ごはん食べてないのに…。「はやく来い愚民め!」と急かす声にため息をついて僕は食堂を後にした。