無限に補充され続ける弾丸は、その行き場を無くし闇にふっと消えた。消えていたのは弾丸だけではなくて、いつの間にかレミ君も居なくなっていた。時計に飲み込まれたのだ。レミ君も、館も、あの老人も。最後に老人が消えた時、僕はようやく一人取り残された事に気づいた。足元に転がる肉塊二つ。気づけば転がっていた。
やる事のない僕は、元は人間だと思われるその肉塊が元の姿に戻る、想像をした。冴木さんは生き物は出せないと言っていたが。実際僕も試したが、ああなんだ、そうか。目の前には黒い短髪の、僕よりは年上だろう青年と、トサカのように一部分だけを金髪にした男の人が現れた。だけ。起きないかなと頬を叩いても起きない。生きているのかな、と胸に手を乗せてみた。心臓の鼓動は伝わってこなかった。僕の手がおかしいのかもしれない。きっと、感覚が麻痺しているのだ。それならばと確実に感じられるだろう自分の左胸に手を当ててみた。何も伝わってはこなかった。次に呼吸はしているのかと口元に耳を近づける。やはり、呼吸はしていなかった。そうしてから、自分の口元に手を近づける。熱い息が手に掛かる。妙だ。そう思って上を仰ぐと、視野の片隅に何かを見つけた。自分の後方、微かに見えるそれを目指して進むと、ぶらんぶらんと揺れるそれを見つけた。
長い黒髪の女だ。首にロープを巻きつけ、どこからか吊るされている。ロープの先は全く見えなかった。可哀想、だとかは今更思わなかったが、やはりやる事が無いので僕はまた、彼女が生き返る想像をした。目を開けると、目の前にその女性が寝そべっている。首には何の痕もなかった。先程の二人と同じ様に鼓動と呼吸を確認してみたが、やはりどちらも機能をしていなかった。
さぁどうするかな、と少しばかり腕を組んで考える。女性ならばさっきの所まで引きずる事はできそうだ。ならばこの"人形"を一箇所に集めてしまおう。これでお人形遊びなら出来るようになった。最もそんな事はしないが。
来た道を戻る。本当に来た道かどうかわからないけれど、僕が数十歩行った先にあの人形があると想像しているのだから、結果は同じ筈だ。ああほら、見えてきた。
どさりと女性を青年の隣におろす。おかしい、男性が居ない。もしかして生きていたのだろうか。辺りを見回すと、なにか白い物が見えた。それを目指して進むと、また人がいた。今度は三人。額から血を流している、金髪の青年。きっと鈍器で頭を叩かれたのだろう。後の二人は女だった。長い茶髪の女性は背中を滅多刺しにされている。服はべちゃべちゃと水気を含んでいて、まるで死にたてのようだ。最後の一人は黒髪の、カリンくらいの女の子だった。一見死因はわからないが、うつ伏せだった体をひっくり返すと、僕は顔を顰めた。気持ち悪い。人殺しの僕でさえそう思うのだから、よくもまぁ出来たものだ。恐らくは絞殺だろう。首に手の痕ができている。何より目玉をひん剥いて唾液と共に舌をだらしなく伸ばした様子で、何となくわかる。気持ち悪い。見ていたくもないので、目を閉じ、彼らが生き返る想像をする。目を開くとまた同じ。鼓動も呼吸もしていない人形だ。さあ、これをどう運ぼうか。目を瞑り、魔法も台詞も必要ない。ほらすぐに目の前には大きな台車が現れた。自分よりも背の高い男の人を乗せるのは骨が折れるが、やっとこさ乗せて台車を押す。そうして元居た場所に着くと、台車から三人をおろす。するとどこからか声が聞こえた。
「こないで…」
女の声だ。耳が痛くなるような静寂の中、耳の奥から聞こえた。声は徐々に大きくなる。
「こないでこないでこないでぇぇぇ!」
女の金切り声が耳鳴りのようにぐわんぐわんと響く。頭が割れる、ああ、痛い。どうしたものか。
それを皮切りに、次々と声が頭に流れ込む。
大丈夫ですヤヨイさん、ああ気持ち悪い気持ち悪い、ヤれるなら誰でもいいんだ、どうしてだよトキワ、コロシチャッタ、俺のせいじゃない、ああ、ああ。
「うるさい!死体が勝手に喋るな!」
ピタリ、音が止む。僕の荒い息だけが終わりのない闇にとけこむ。
少しして、またくすくすと笑い声が聞こえる。と思えば、鼻をすする音も。なんなんだ、これは。誰なんだ、こいつらは。
『館』のあったこの空間に居るのだから、冴木の言う他の11人だろうか。なら、他の5人もここに居る事になる。しかし、先程とは変わって誰か、人のいる気配はない。もう死んでいるのだから人、とは言えないが。なんとなくわかったのだ。誰か居る、と。それが今は無い。まだわからないのか、それだからお前は誰にも必要とされないんだ。そう嘲笑うようにくすくす、くすくす。憐れむように、泣く。ああ、気が触れてしまいそうだ。違うな。9人も家族を殺した僕は、もっと前から気が触れていた。もしかして、そうかもしれない。ここに居るのは気が触れた頭のおかしい奴らだけ。そう、人を殺した奴ら。肯定する様に、不愉快な笑い声が止んだ。
「こんにちは」
不意に後ろから声がした。さっきの耳の奥から聞こえるものではない、低い男の声だ。
背中を晒しているのが無償に恐ろしく、バッと後ろを振り返る。そこに居たのは、最初に見つけたまる焦げの死体だった、アレ。
「今度はきっと、失敗しないから。ここにもう一度館を作らないか」
失敗しない、なんて。全てを壊した僕が言える言葉ではないのだけれど。江田と名乗った男は頬を掻いた。
この人も僕と同じなのだろうか。ならばこの人の口車にのるのも悪くは無い。だって僕は何もやる事がないのだから。何もわからない。自分の事も、時計へ消えていったレミ君の事も、エリカとカイの事も結局何もわからなかった。もう、何も考えたくはない。僕は江田という幽霊の口車に乗って、新しい家族を、世界を築くのだ。それでいい、きっと、それが正解だ。くすくす。
幽霊ソナタ
(幽霊の世界創造と)
(それを嗤う死体)