※「希望」とか呼ばれているけど学園生活中。
電車通学設定で狛枝さん宅。
狛→苗(→霧)


僕は昨日、この身に余る程の幸運を得た。それは無理矢理だったかもしれない。でも、それでも僕は希望を抱いたのだ。抽象的なものでも、喩えでもない。本当の本当に、希望である苗木くんを抱いたのだ。

だから、だろう。幸運と同等の不運が訪れ無いはずは無いのだから。
身体中が寒い。なのに、熱い。けれども発汗はしていなかった。もちろん熱でうなされる程度の不運で収まるはずがないのだから、この先は、死。
まぁ、それもいいだろう。最後の最後に、僕は幸せなのだから。

薄らぼんやりと浮上していた意識で、もう見納めだとゆっくりと目を開けた隅に、苗木くんの姿が見えた。ああ、僕はどこまでゴミでクズで欲まみれの汚い人間なんだろう。
僕みたいな人間が、これ以上幻想を抱いていいはずがない。と、そこで狛枝凪斗は重い瞼を閉じた。



鼻をくすぐる芳しい匂いに、目が覚めた。
ついいつもの癖で目覚まし時計を見る、のだが、はて、僕は死んだはずじゃなかったのか。
周りを見回すが、いつもと変わらぬ自分の部屋。もちろん苗木くんも居ない。もしや、自分は地縛霊のような存在になっているのではないか。そう思って身体に触れる。そう、触れられる。
「死んで、ない?」
ああ、死んでないなんて。なんて不運なんだろう。苗木くんに合わせる顔も無いのに、生きなくてはいけないのか。
「はぁ〜、」
ぼす、とベッドに倒れ込む。流石に身体が怠い。しにそうだ。
そこで、自分の身体に異変がある事に気がついた。怪我とか、病気とかの類いではなく。
洋服が変えられていた。それに、さっきから香るこの匂い。誰か居るのだろうか。
「おはよう、狛枝クン。」
誰か、なんて、自分が期待しているのはたった1人しか居ないだろう。ああ、これは、幻ではないのか。
「なえぎ、くん?」
コーヒーを横の机に置き、彼も椅子に座る。おかしい、こんな事、あるはずがない。
「どうして、苗木くんがここに」
「病人を置いてけぼりになんて出来ないでしょ。それに、狛枝クン「朝まではここに居て」って言ったの、覚えてない?」
ああ、全然わからない。それに、あんな事をした相手のお願いを聞いてしまうなんて、何を考えているんだ。また襲って欲しいとでも言っているようなものだ。…ああ、違うな。全然、違う。優しいのは、苗木くんだからだ。
「…おこって、ないの……」
声が、震える。えらく当たり前の事を聞いているのにも気付かないほど、僕は憔悴している様だ。
「…怒ってるに、決まってるよ。あんな事、されたくなかった。でも、それとこれとは訳が違う。放って置いたら狛枝クン、死んじゃってた」
「いいのに。あのまま死なせてくれればよかったのに。僕は生きている価値のない無知で無能で役立たずで何をやっても駄目な人間なんだよ。生きていていいはずがないんだ。僕は苗木くんを傷つけた」
曲げた足に顔を埋める。今は、苗木くんの顔を見たくはなかった。見てしまったら、また、どうしようもなく醜い感情が僕を支配する。だけど、苗木くんはそれを許してはくれなかった。珍しく強引なやり方で、僕の顔を上げさせた。
瞳が、あった。
「狛枝クン、こういう時なんて言えばいいか知ってる?」
知らない。声が出なかった。かといって、身体も石の様に動かない。その瞳から、目が離せない。
「…誰も君に教えなかったのかもしれないね。そんな時は、「ごめんなさい」って、一言言えばいいんだよ。それだけなんだ。死んだって、意味はないよ。」
どくん、どくん。心臓がいやに速く動く。身体が熱い。息が出来ないくらい、押し潰されそうになる。苗木くんが、好きだ。
「狛枝クン」
吐く息が、瞬き一つ一つが、苦しい。どうして僕はあんな馬鹿だったのだろう。
「ごめ、…なさい。苗木くん、ごめんなさい」
止まらなかった。一度出た涙はぼろぼろ零れていく。大人げない。泣きたいのは、苗木くんの方だろうに。なのに、僕は。
「…これ」
目の前に、コーヒーが差し出された。良い匂い。苗木くんが淹れたのだろうか。
「仲直りの印。僕は、君を許すよ」

エスペラント
(涙が混じったコーヒーは、少ししょっぱかった。)