二度目に島へ訪れた時には、すでに狛枝凪斗は目覚めた後だった。彼はあんな死に方をしたものだから、起きたらどうなるかと心配して何度も通った。のだが、しかしまぁ、あれが彼の普通、なのだろう。思い出したばかりの、自分の記憶であるという感覚のしない学園生活の記憶がそれを決定づける。 最初こそあの左手を切り落とそうとしたりと不安要素もあったのだが、今では落ち着いていて、キボウキボウと嬉しそうに僕の後をくっついてまわっている。 その様子がまるで大きな犬みたいだ、と可愛く思える事はあったが、特別な感情を抱いているわけではない。と、いうのも学園生活での僕は彼の事を一方的に好いていたようなのだ。記憶を消され、未来機関の手によって復元されたそれは、僕には違和感だらけでしかなかった。どうも自分のものの様な気がしない。そういう事もある、そのうちに慣れると皆は言うけれど、一向に慣れる気配は無い。…あまりにも違いすぎるのだ。僕の記憶と、現状が。あの頃の僕は“超高校級の希望”などともてはやされてない、ただの“超高校級の幸運”だった。それでも狛枝クンとの仲は良好だったし、彼も積極的に会いに来てくれていたと思う。ああ、ならば今がおかしいのか。コロシアイ学園生活を経て、如実に変わってしまった。妙な薬か催眠術でもかけ、僕の事を好きにさせた、みたいな感じがするのだ。言ってみればズルをした気分。だけど今の僕には、彼の事が好きなのか、よくわからない。顔を見るたびにそんな事が頭を過る。そんな一瞬の思案顔でさえ、彼が自分を卑下する引き金となるのだ。こうも変わるものなのか。全くもって、希望というのが恨めしい。 軽快な音と共に、ランプが点滅する。 噂をすれば何とやら、悩みの種であるジャパウォック島から連絡が来ている。誰かが目覚めたのだろうか。 画面上には自分とよく近似した癖毛の、あの先輩が映し出されると思っていたのだが、どうやら「噂」の効果は思っていたよりも的確らしい。 「どうしたの?何か変化あった?」 いつもは定位置に固定され、ブレる事のない映像がゆらゆらと揺れている。耳を澄ますとザザザ、と、波の様な音が聞こえた。なるほど、彼は今通信機器を持って砂浜にいるのか。 「ううん、そうじゃ無いんだけど…今は時間、大丈夫かな」 「大丈夫だよ」と答えると、画面いっぱいに嬉しそうな狛枝クンの笑顔が溢れる。 「これを見て欲しかったんだ」 そのまま笑顔はフェードアウトして、夜の砂浜が映し出された。 月に照らされて淡く浮かび上がる白い砂浜。静かな波音に、星空に、地平線。 暗闇の中に凝縮されたそれらは、同じ世界とは思えない程に静かで、美しかった。 「きれい、だね」 「これで隣に苗木くんが居たら完璧なのにな」 画面から残念そうな狛枝クンの声が降ってくる。本当に残念だ。素直に、そう思えた。 「だけどね、僕は嬉しいよ。今は僕だけが苗木くんと同じ景色を見る事ができてるんだ。あはっ、僕なんかがおこがましいよね。」 「おこがましいだなんて、そんな事は絶対無いよ、狛枝クン」 「ううん、いいんだ。僕みたいなゴミクズが思い上がってるだけだよ。だってほら、画面越しなのに真夜中に砂浜にデートしに来てるみたいだ、なんて。そんな妄想ばかりしているんだ、僕は。気持ち悪いよね」 「気持ち悪い訳ないよ。ねぇ、今すごく君の顔が見たいな。」 「…どうしたの、急にさ。僕の顔なんか見ても不快になるだけだよ。そんな物よりほら、海を見て欲しいんだ。」 どうして顔が見たいと言ったのか、自分でもよくわからない。でも、そう、顔が見たかったのだ。何故か無償に。 「お願いだよ」 「…こんなの見るの、オススメできないけどなぁ」 と口ごもりながらも、画面は海から狛枝クンへと移っていった。 「ありがとう、狛枝クン」 薄暗くてよくはわからないけど、どことなく顔が赤い、気がする。 本当、期待させるの上手いよね。なんて言葉が聞こえたような、聞こえてないような。 心のモヤモヤしたものがすうっと引いていったら今度は少し眠くなってしまった。 「眠いの?」 「うん…」 「そっか。疲れてるよね…もう寝てよ、苗木くん。」 許可を得てしまうと、どうも睡魔から逃げられなくなってしまう。オヤスミ、と狛枝クンの声が聞こえた。 やっぱり君の事が好きなのかなぁ、思っただけのはずが、もしかしたら口に出してしまっていたかもしれない。 ああ、睡魔とは恐ろしい。 二度目の初恋 (今度はこの気持ちになんと弁解しようか)
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