目を覚ますと、身体中に激しい痛みが襲った。そういえば僕は館の二階から落ちていたのだと思い出す。
そうして時計の針を進めて、館の記憶を見て、暗転。夢の中を漂っているかのような浮遊感がする。の割に、身体は動かない。ここは何処なのだろう。脱出に失敗したのだろうか。そもそも、あの空間から脱出したとして、現実世界に帰れるという補償があったわけではないが。
「…………レミ君」
聞き覚えのある、声がした。身体が強張る。僕が振り返った所で、何が言えるだろう。何が出来るだろう。何もできず追い詰めてしまった親友に、僕は何もしないというのか。
痛む身体に喝をいれ、振り返る。ルカは下を向いて、表情が読み取れない、けれど、今度は遠くから声がした。
「おまえさえいなければ」
ルカの声だった。なのに、目の前のルカは声を発していない。遠くから聞こえた。
もしかしたら目の前のルカはルカではなくて、本当のルカは遠くに行ってしまっているのではないか、と、思い振り返ろうとした時、目の前のルカはようやく口を開いた。
「…そっちに、行かないでください。」
「なんで?ルカ」
思いの外強い力で、腕を掴まれる。ようやく顔を上げたルカの顔は、酷い泣き顔だった。
「そっちには、化け物がいます」
「ルカの声がした。きっと、ルカが居る。」
掴む右手に力が入る。そういえば、掴まれる痛み以外に、全身の痛みは感じていない。
「ルカならここにいるじゃないですか」
「…うん、でも、あっちにも居ると思う」
「居ませんよ!僕がルカなんです。もう1人なんて、認めない。あんなに醜いもの、僕じゃない」
「ルカだよ」
「僕じゃない!」
ルカの悲痛な声は、黒々とした空間に溶けていく。のに、頭にぐわんぐわんと響いて、痛いくらいに伝わってくる。
「ルカだけだよ」
「…何がです」
喚いて幾分落ち着いたのか、ルカは真っ直ぐに僕を見つめる。悲しみと怒りとがない交ぜにされたような瞳を、僕も真っ直ぐに見つめ返した。
「ルカを嫌ってるのは、ルカだけだよ」
息を飲む。それで驚いている事はわかったけど、泣きすぎて腫れた瞼は重くて動いているのかすらわからない。それでも、僕は言うのをやめなかった。
「あのルカだって、ルカだよ。君は嫌ってるみたいだけど、僕は違う。彼は僕の親友だ。どんな事があったって、それは変わらない。」
「…レミ君」
「それにね、みんなだってそうだよ。きっとこの世界を抜けると、いつもの現実に戻るんだ。そうしたら、みんなに謝ろう。僕も一緒に行くよ。きっとみんな、何もなかった顔をしているはずだよ。ねぇ、」
レミ君、と、もう一度名前を呼ばれた。きっとわかってくれたはずだと、一緒に帰ろうと言おうとした口は多分、ひどく歪な形になっていると思う。
ルカは笑っていたのだ。酷い泣き顔で、悲しそうな顔で、とてもいつも通りとは言えないいつも通りのあの笑みを、浮かべていたのだ。
「ありがとうございます、レミ君。もう充分です。これ以上ここに留めてしまうと、レミ君も帰れなくなるかもしれない」
「ルカも一緒に帰ろう」
離された腕を咄嗟に掴むと、眉を下げて、あの館で、困った時によく見せていたいつも通りの顔をするものだから、思わず力が緩む。その隙にルカはするりと腕を引っ込めた。
「僕は、行きません」
「なんで」
「なんでも」
「どうして」
「どうしてもです」
ざわりと、寒気がする。身体中が痛い、気がする。このままではルカは居なくなってしまうのに、打って変わって言葉が、出ない。
「アイツだけ置いてきぼりには、できませんから」
そうでしょう?と、自嘲するルカに、でも、とか、淀んだ言葉しかだせなかった。それではダメなのに。ルカは僕の横を通り過ぎ、さっき声のした方向を目指す。僕の身体はまたあの痛みに襲われていた。
「ルカ!」
言葉を出しただけで、身体中に痛みが響く。ルカの気配はもうなかった。痛い。目覚めた時のような、激痛に気を失ってしまいそうになる。それでは、駄目だ。今会えた意味が無い。僕がみんなの代わりに、ルカを連れ帰らないといけないのに。
動け、動けと身体に命令する。すればするほど身体は動かなくて、とうとう僕は暗闇に同化してしまったのではないか。
意識が途切れた。







目を覚ますと、見覚えのない天井と、見覚えのある顔が覗いていた。
「おはよう、レミ君」
「…タクトさん?」
「そうそう僕です。いやぁ、レミ君ってば王子様がキスする前に起きたら駄目じゃないか」
全く変わりのない様子のタクトに、もしかしたらまだ館にいるのかもしれないという考えが過る。
それを察したのか、タクトは自分が目覚めてからの事を話し出した。
「俺が1番最初に目覚めたんだよ。冴木以外では君が最後だ。長く眠っててね、他の子はもう起きてるよ。」
自分が死んだ後の事はカイとエリカから聞いた、と付け足した事の意味を、理解してしまった。
「…ルカは、」
無意識に握り締めた手に、タクトの手が重ねられる。それが慰めからくる行為だと、わかってしまった。わかってしまった瞬間、涙が溢れた。

もう、ルカに会えない。